その家には、広い庭があった。

一緒に遊園地に行こうと言う瞬から逃げ、隠れるようにして、氷河はその庭の隅にしゃがみ込んでいた。


「おい、ガキ。その格好でいたら風邪をひくぞ」
ふいに、氷河の頭の上から降ってきたのは、氷河のコートを手にした金髪の男だった。

自分と同じ色の瞳をしたその男を見上げ、氷河は、瞬から貰ったチョコレートの箱を掴んで、歯ぎしりするように呻いた。
「瞬が、これ、くれた」
「そうか、よかったな」
「ちっともよくない!」

瞬は、それは、好きな相手へのプレゼントだと言っていた。
瞬の言う『好き』の意味がわかってしまうことが、氷河には辛くてならなかった。

「俺は、瞬が好きなのに……」
「瞬もおまえを好きだからくれたんだろう」
「俺の好きと瞬の好きは違う」

瞬の言う『好き』とは違う『好き』。
昨日会ったばかりの相手にそんな感情を抱いてしまっている自分を奇異に感じることもできないほど、氷河は、瞬への『好き』に囚われてしまっていた。

「俺は、瞬がいてくれたら、他に何にもいらない! なのに、瞬は、平気な顔して、俺にもおまえにもおんなじチョコくれるんだ!」

氷河は、既に、母の命が失われることを覚悟していた。
そして、生きている人間で、自分に優しくしてくれる他人は瞬だけなのだということを、明確に認識していた。


「貴様と同じ扱いをされて、泣きたいのはこっちの方だ」

そう言って嘆いてみせる無礼な男がいったい何者なのかも、
この魔法が、何のために行なわれたものなのかも、
今の氷河は知っていた。





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