「人間の性別を決める要素というのは5つあるの」 城戸沙織ことアテナは、前置きもなく、突然語り始めた。 「まず、遺伝学的に見た性染色体ね。染色体がXXなら女性、XYなら男性」 日本には、まもなく春が訪れようとしている。 城戸邸のラウンジの窓からは、早くも庭で緑色の頭を覗かせているクロッカスの芽を見ることができていた。 「はあ?」 控えめではあるが暖かい冬の午後の陽光に満ちた部屋で、アテナの聖闘士たちは、一瞬、虚を衝かれたような顔になったのである。 「次に、性腺の性というのがあるわ。性染色体のX染色体が卵巣を形成し、Y染色体が精巣を作ります」 「はあ……」 沙織がなぜ突然そんなことを話し始めたのか、彼等にはまるで訳がわからなかったのである。 「3つめの要素が、内性器。これは、受精後約10週頃に決まると言われているのですが。男性ホルモンとミュラー管抑制ホルモンが胎児に作用すると、精巣上体副睾丸、精管、精嚢などの男性内性器が形成され、その時期に男性ホルモンやミュラー管抑制ホルモンが作用しなければ、女性の内性器である卵管、子宮、膣などが形成されるわけ」 「はあ」 突然アテナから緊急招集命令がかかったので、おっとり刀で駆けつけてみれば、始まったのは今更ながらの性教育。 「4つめは外性器。これはわかりやすいわね。男性の場合は、精巣から分泌される男性ホルモンが外性器の原基に作用して、陰茎、陰嚢が作られます。この分化も内性器の分化と同じ受精後10週から12週の時期に行われるわけだけど、もしこの時期に男性ホルモンが作用しなければ,外性器の原基は陰核、大小陰唇、膣へと分化し,女性の外性器となります」 「あの〜」 とりあえず、アテナの聖闘士たちは、 「そして、5つめの要素が、脳の性よ。脳の性は、内外性器の分化と同時に決まると言われているわ」 「沙織さん……それがいったい……」 なぜ、彼女がここに彼女の聖闘士たちを呼びつけたのかを、 「人間は、普通は、この5つの要素――つまり、染色体、性腺、内性器、外性器、脳の性が一致して、男性か女性かが決まっているの。でも、まれに、この性分化がうまくいかない場合があって、たとえば、外性器の形態異常や両性の性腺共存、外性器と性腺の不一致などで――」 「沙織さん、それが我々にどう関係があるというんですか」 尋ねてみた。 「あなた方に重大なお知らせがあります」 『前置きもなく』というのは、どうやらアテナの聖闘士たちの早とちりだったらしい。 ここまでの性教育が、実は前置きだったのだということに、彼等は初めて気付いた。 ともあれ、やっと本題らしい。 星矢、紫龍、氷河、一輝の四人は、やっと本題だと思い、なぜか安堵し、そして、肩の力を抜いた。 「重大なお知らせの前で何だが、瞬が来ていない」 「瞬は呼んでいないの」 紫龍が沙織に注意を促すと、彼女は小さく嘆息してから、左右に首を振った。 「え?」 沙織のその言葉に、彼女の聖闘士たちは、妙な緊張感を取り戻した。 考えてみれば、瞬の代わりに一輝が呼ばれているという事実自体が、尋常のことではない。 「……驚かないで聞いてちょうだい。実は、この間の闘いの後、医療センターで精密検査をした時にわかったことなんですが」 沙織は、そして、沈痛な面持ちで“本題”を口にした。 「瞬の染色体はXY。つまり、瞬は遺伝学的に女性だということが判明しました」 「………… !! 」×4 「脳の性まではわからないけど、染色体、性腺、内性器は女性だったわ。つまり、外性器の異常を伴う性分化障害ね」 驚くなと言われても、それは無理な話である。 召集されたアテナの聖闘士たちは全員、その場に棒立ちになった。 |