「それなら、傷付かずに済みますもんね」
絵梨衣の口調が、急に辛辣になる。

瞬は驚いて、伏せていた顔をあげた。

「ピエロにされたことに腹が立ってるから、言わせてもらっちゃいますけど」
失恋の痛手に打ちひしがれているはずの絵梨衣の表情は、瞬の案に相違して、ひどく意思的で力強かった。

「それって、甘えですよね」
「…………」
「愛されることができるのに、それを拒否したり逃げたりするのって、ただの甘えですよね?」

瞬が考えていたこととは全く別のことで、絵梨衣は瞬に立腹しているらしかった。

「自分から見限られることで、期待されるのを避けることで、自分は無価値な存在なんだって思うことで、自分が傷付かないように、最初から人を拒絶してるの。そういうのって最低」

絵梨衣の剣幕に気圧されるような感覚を覚えながら、瞬は思わず言い訳を口にしてしまっていた。
「絵梨衣さん……。でも、僕は、ただ、氷河のために……氷河には、僕なんかより絵梨衣さんの方が……って……」

それは、まさに言い訳以外の何ものでもなく、そのことに気付いて、瞬は、それ以上言葉を重ねるのをやめた。

その方が氷河のためになる――そう思ったのは、決して嘘ではなかったが、それ以上に、絵梨衣の言葉は真実だった。

自分に与えられた幸運を甘受することが、瞬は恐かったのである。
そして、それを失うことが。


「ごめんなさい……」

結局、瞬に言うことのできる言葉は、それだけだった。






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