この世に生まれ出た途端、その身を激しい情欲で翻弄されてしまったのである。 彼は、初めて蕾を開かせた朝に暴風雨に見舞われた白い花のように力無く、氷河の横に身体を伏していた。 「泣かないでくれ。本当に、俺は――おまえを愛しているから。――泣くな」 幾度も氷河にそう囁かれ、白い花の涙は少しずつ収まってきていた。 その姿を見詰めるために毎日どれほど長い時間を費やし、どれほど愛しく思い続けてきたのかを氷河に訴えられているうちに、白い花はほんのりと色づいてさえきた。 彼の涙がすっかり止まると、氷河は安堵の息を洩らし、その肩を抱き寄せたのである。 ふと、少年の姿のない緑の庭の絵に視線を向ける。 そこには、天才の呼び名を欲しいままにした画家の優れた絵があった。 「おまえがあの絵の中にいる時には、おまえしか目に入らなかったが……さすがに、美しい風景だな」 「──僕がいない方が、あの絵は優れていますか?」 まだ少し怯えを残した声音で、淡く色づいた花が尋ねてくる。 花が風景に嫉妬することもあるのかと苦笑して、氷河は彼の首筋に唇を埋めた。 「そうは言っていない。ただ、彼の絵が高い評価を受けるのは、風景を見詰める側の人間の心を試しているようなところがあるからだ。鑑賞する側は、つい、画家の挑戦を受けて立とうと思ってしまう。彼の絵は、美しいものを美しいと感じる人の心を信じ、期待している絵だ」 「あ……」 白い花が、小さく喘ぐ。 「おまえがいたあの絵は、優しい絵だった。風景だけになると、ある種の厳しさを要求される。どちらにしても、画家は人間を愛し、信じているんだ」 「どちらにしても──」 淡い色の花びらは、二度目の抱擁では、最初の時よりもはるかに早く、はるかに素直にしなやかに、氷河の愛撫に染まってみせてくれた。 |