「僕、帰らなきゃ……」

繰り返される愛撫のせいで、白い花はすっかり薔薇色に染まってしまっていた。
まだ疼いているらしい身体を持て余し気味に、薔薇色の花は、朝が近付くベッドの上で、氷河に告げた。

その思いがけない言葉に、氷河が慌てる。
「おまえは俺が買った! 俺のものだ。俺の側にいろ! いや……いてくれ」
半ば怒鳴り、半ば哀願し、氷河は彼の身体を抱きしめた。

「僕は……」
氷河の胸の中で、花が力無く項垂れる。
その願いは叶えられないものだと、彼は無言で告げていた。

無理にでも彼を自分の許に引きとどめておきたかった氷河は、彼の意思を曲げるために、再び彼の中心に指を忍び込ませた。

「あ……あん……」
花が、切なげに身悶える。
喘ぎながら、彼は、それでも、自分の上にのしかかってくる氷河の身体から逃れようとした。

「夜だけ……あの、僕が絵から出てこれるのは夜だけなんです」
「昼の間は?」
「あの……絵の中に帰らなくちゃならないの」
「…………」

この花は、朝や昼下がりの暖かい光こそが似つかわしい花である。
できることなら氷河は、明るい光の中で、この花の喘ぐ様を見てみたかった。

それでも二度と会えないよりはましである。
可愛らしい花を困らせることは、氷河の本意ではなかった。

「夜になれば会えるんだな」
「……はい」
花が、小さく頷く。
そして、彼は、自分の身体にまとわりついている氷河の手をそっと外すと、瞼を伏せながら、重ねて言った。

「あの、でも、絵から抜け出るところや絵の中に戻るところを見られると、僕は二度と出てこれないの。あなたに見られていると絵から抜け出ることができないんです」
「…………」
「だから──眠って、目を閉じて待っていてください。僕、自分であなたのところに来るから――行くから……」

その顎を捉え、顔を上向かせて確かめるると、花の瞳は熱く潤み、切に氷河を見詰め返していた。
その場逃れの嘘ではない――と、氷河には思われた。

「わかった……」
我儘を通して、この花を永遠に失う愚は犯したくない。
氷河は、彼に頷いた。



花は――名を瞬と名乗った――、約束を違えることはなかった。
言葉通り、約束通りに、彼は毎夜、氷河の許に訪ねてきてくれた。

ヒトに触れられることを知らなかった無垢な身体が、日毎――夜毎――に身体を重ねることをしているうちに、少しずつ、氷河の愛撫に慣れていく。

瞬への、氷河の恋着と情欲は、時を経るにつれて強く深くなっていった。






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