氷河は、禁忌を破ったために恋の終わりを迎えた数々の物語を知らないわけではなかった。
振り向いてはならぬという禁忌を犯して、オルフェウスは妻エウリディケを失い、素性を尋ねてはならぬという禁忌を犯して、エリザは夫ローエングリンを失った。

しかし、これまで愚かと思っていたオルフェウスやエリザの行為も、恋心の高じた末のやむにやまれぬ行いだったのだということを、氷河は今、実感していた。


氷河は、その夜、瞬との約束を違えた。
夜の部屋の薄闇の中で、彼は意を決して、その目を開けたのである。


庭の風景だけになった絵の前に、瞬が立っていた。
その手に、一幅の絵。
絵の中には瞬がいた。


氷河の寝室には、瞬が二人いたのである。






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