それは、あの花見の夜から数日が経ち、瞬の頬の傷も消えたある日のことだった。 玄関ホールを通りかかった氷河に、紫龍が、階段の上から声をかけてきたのである。 「おい、氷河。そこの棚の上に、今日配達された手紙が何通かあるだろう。悪いが、そいつを受取人に配っておいてくれ」 紫龍のご指名を受けた氷河は、それは使用人の仕事だろうと、ぶつぶつ口の中で文句を言いながら、その手紙の束を手に取った。 ほとんどが沙織宛のダイレクトメールだったが、中に1通だけ、ダイレクトメールにしては素っ気ない白い封筒が混じっていた。 宛名は瞬になっている。 「瞬に手紙? 珍しいな」 怪訝に思いながら、差出人の名を確かめようと、封筒を裏返す。 が、あいにく、そこに差出人の名は記されていなかった。 だが、その差出人は、名を明かす代わりに、封が甘かった封筒から写真を1枚滑り落として、氷河に衝撃的な自己紹介をしてくれたのである。 最初、それが、氷河の目にモノクロの写真に見えたのは、そこに白いものと黒いものだけしか写っていないせいだった。 夜の闇を吸い込んだ地面に、白いものが浮かんでいる。 それが瞬の白い裸身だと気付くまでに、氷河はかなりの時間を要した。 それは、どこか屋外で、全裸で地面に仰臥している瞬の写真だった。 瞬の目は閉じられていて、髪が頬に乱れかかっている。 注視すると、写真には、純粋に白い色をたたえていないものも数多く写っていた。 薄い桜色の何か――が、瞬の胸に散っている。 桜の花びらに見えたそれは――実際、桜の花びらも相当数混じっていたのだが――何者かが瞬の胸に刻みつけた愛撫の跡だった。 要するに、キスマーク――と呼ばれるものである。 意識を手放している瞬の頬は涙に濡れていて、頬や、地に投げ出されている腕には、擦り傷らしきものもあった。 (な……何だ、これは……?) 氷河は、その写真の意味するところが、すぐには理解できなかったのである。 それは、どう考えても、瞬が屋外で何者かに暴行を受けた後の写真としか思えなかった。 だが、氷河には、それは、到底受け入れることのできない場面だったのである。 |