その日、氷河は、彼の父が代表を務めている複業企業体が出資して企画建造したオペラハウスのこけら落とし公演に招かれていた。

これほど大規模な不動産事業に幹事として参画するのは、いわゆる企業経営者になってから初めてのことだったが、この企画には自治体の都市計画に協力する意味合いもあり、政府からの助成金も多額で、まあ、無難といえる企画だった。

オペラだけでなく、コンサートや各種展示会にも利用できるオペラハウスのこけら落としイベントは、近年、日本は愚か欧米でも滅多に全幕演じられることのないワーグナーの歌劇の上演だった。

全編を演じると15時間以上の時間を要する『ニーベルングの指輪』を、除夜から第三夜まで、四夜に分けて上演する。

主催はオペラハウスの建つ特別区で、区の文化事業の一環ということになっていたが、実際は、氷河の社の属する企業体が資金のほとんどを出した冠イベントに他ならなかった。
それは大企業の義務とも言える、単なる社会貢献に過ぎない。

氷河自身は社会に貢献するつもりもなかったが、最近ほとんど開催されることのなかった大規模な出し物に喜び勇んで、文化庁が擦り寄ってきた。
『文化庁推薦』という、金にもならない金看板を提供しようという文化庁の申し出を、氷河は事務的に承知した。





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