中央ボックス席には、席が幾つか用意されていたが、同伴者を連れてこなかった氷河には、それは無用のものだった。

一階席、二階席は、着飾った男女で埋め尽くされている。
チケットが高価なためか、年配の客が多いようだった。

これから壮大なオペラが上演されるはずの舞台には、重々しい幕がおりている。
ゆったりとした肘掛け椅子に身を沈め、氷河は目を閉じた。


足りないもの──どうしようもない喪失感と欠如感──。
氷河にも、情熱はあった。
その胸の中にいくらでも。

情熱も感情も欲も期待も、確かにあるのだ。
だが、それを何に向ければいいのかが、氷河にはわからなかった。
そうするだけの価値があると感じられるものに出合ったことがない──出合えないのだ。

人に言わせれば恵まれすぎて順風満帆なこの人生が、いっそ破綻すればいいとさえ思う。
せめて、生活と命を維持することに夢中になれるように。
しかし、それは叶わぬ夢だった。

その夢が叶わぬものなら、こんな人生は早く終わればいいと、氷河は考えた。

人は、氷河を、何もかもに恵まれた幸運な男だと言う。
だが、氷河にとって、今彼が存在する世界は生きるに値しない世界だった。

こんな世界は、自分の世界ではない──違うはずだと、違ってくれと、氷河は強く願った。


そんな氷河の前で、虚構の世界を華やかに演じるための舞台の幕があく。

闇に沈んでいたボックス席に、眩しい光が射し込んできた。





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