「俺に……似あう……?」
自分にタキシードが似合うからどうだというのか――が、氷河には全くわからなかった。

一輝も、弟の真意が理解できずに、無言でその場に立ち尽くすのみ、である。

ただ、瞬が兄の結婚を快く思わなくなった原因が、子供じみた独占欲にあったのではなかったらしいことだけは、氷河も瞬の兄もぼんやりと感じ取り始めていたのである。
これは、どうやら、そんな単純なことではない――らしい。

そもそも瞬は、兄を他人に奪われかけたからといって、駄々をこねるような子ではなかった。
そんな大人げない人間でないことは、氷河も一輝も承知していた――承知しているからこそ、そんな瞬が奇妙に思えていたのだ。


「瞬」
「おい、瞬」

瞬の恋人と兄が、事の次第を理解できないまま、恋人と弟の名を呼ぶ。
その場で、瞬の気持ちを察することができていたのはただ一人、瞬の未来の姉だけだった。

床にへたり込んで顔を伏せ、微かな嗚咽を洩らしている瞬に、エスメラルダが手を差し延べる。
「……瞬ちゃん。これを着た人だけが幸せになれるわけじゃないのよ」

エスメラルダに静かな声でそう告げられ、瞬は、やっと、俯かせていた顔をあげた。
未来の姉を見あげる瞬の顔は一瞬苦しげに歪み、その瞳はまた雨を降らしだしそうな色に変わった。

「だ……だって、氷河……氷河はきっと、こういうの着たら似合うし、かっこいいのに……なのに、僕が……」

「…………」
弟の切れ切れの言葉を聞かされた一輝が、憮然とした面持ちになる。
瞬がそんなことを言う理由は全く理解できていなかったが、ともかく彼は、瞬が氷河を褒めることが不快だったのである。

褒められている(らしい)当の氷河は、全く事態の把握ができていなかった。

「でも、きっと、氷河さんには、こんなもの、瞬ちゃんほどには必要じゃないのよ。わかってるんでしょう?」

「…………」
エスメラルダにそう諭された瞬は、次の瞬間、声をあげて再び泣き出していた。

「泣くようなことじゃないわ。喜んでいいのよ」
背丈もあまり変わらない泣き虫の弟の背中を、エスメラルダが幾度も撫でる。

瞬の恋人と瞬の兄は、ひたすらその場に突っ立っていることしかできずにいた。






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