しゃくりあげている瞬を長椅子に座らせると、エスメラルダは、その隣りに自身も腰をおろした。
テーブルをはさんで向かい合った場所にある別々の肘掛け椅子に、決まりの悪そうな顔をして、氷河と一輝が陣取る。

そして、困惑を隠しきれぬまま、彼等は、こうなった事情を理解しているらしいエスメラルダに尋ねた。
「あー……。で、何がどうなっているんだ?」

そんなこともわからないのかと、エスメラルダは、一輝と氷河の鈍感ぶりに呆れているようだった。

「どうしてこんな鈍い人たちが、瞬ちゃんのお兄さんと恋人役をしていられるのかしら……。瞬ちゃんはね、氷河さんが自分といる限り、ブライダル・タキシードを着ることはないんだってことに罪悪感を覚えたのよ」

「へ……?」×2

「一輝があんなものを着て、幸せそうにしていたら、氷河さんが羨ましがるんじゃないかと思ったの! 自分は氷河さんに色々我慢させているんじゃないかと心配になって、いっそ、一緒にいるのをやめてしまった方が、氷河さんのためなんじゃないかと、思い詰めたのね」

「な……なんだって、そんな馬鹿げたこと考えるんだ!」
自分の鈍感振りを棚にあげ、氷河が、エスメラルダの隣りで目を伏せている瞬を怒鳴りつける。

瞬を責めようとする氷河を制したのは、またしてもエスメラルダだった。
「瞬ちゃんのそんな気持ちもわからなかった人に、瞬ちゃんを責める権利はありません!」
なかなかにきついことを、彼女はきっぱりと言ってのけた。

「う……」
思いがけない人物に痛いところを突かれてしまった氷河が、彼女のきっぱりとした態度にたじろぐ。

「でも……瞬ちゃんは氷河さんが好きだし、離れるのは辛いし、いっそ嫌われてしまえばいいんじゃないかとか、余計なこと考えすぎたのね、きっと。そんなこと考えさせてしまう人の方が悪いのよ。氷河さん、反省して」

「瞬……」

瞬がエスメラルダの言を否定しないところを見ると、彼女の言うことは事実らしい。
これは確かに、瞬にそんなことを考えさせてしまった自分にこそ非があったのだと、氷河は認めないわけにはいかなかった。

「瞬……。俺は、そんな腹の足しにならないようなものより、おまえの方がずっと――」
慰めが、弁解じみた口調になる。
それは、結果的に良いことだったらしい。
氷河の口調の激した様子が薄まったのを感じとったのか、瞬は、ほんの少しだけ顔をあげた。

「だって、氷河、きっと似合う……」
「隣りにおまえがいるんでなかったら、めかしこんだところで何の意味もないじゃないか」
「でも……」
「俺が好きになったおまえは、もう少し素直で、もっとものの道理をわきまえた奴だったはずだぞ!」
「だって僕……」

氷河は瞬を責めることを意図してそんなことを言ったわけではなかったのだが、彼のその言葉を聞いた瞬は、また泣きそうな顔になった。
「氷河……怒ってる?」

「これが怒らずにいられるか……! 俺は、おまえに、俺の気持ちを疑われたんだぞ」
「僕、そんなつもりじゃ――」
「だいたい、考えなくてもわかりそうなものじゃないか! タキシードなんか着なくても、俺はいい男なんだ! そんなことは、考えるまでもない一目瞭然の事実と信じていたのに、ったく、思いっきり傷付けられた俺のプライドをどうしてくれる!」
「氷河……」

氷河がわざと話を別方向に持っていこうとしていることに気付いた瞬が、切なげに眉根を寄せる。

「だって……だって、僕、怖かったんだもの。僕が氷河のハンデになってるのかもしれないって思ったら、僕……」
「瞬……」

“それ”がハンデなのだということを、最初に不用意に瞬に告げたのは氷河だった。
どう考えても、この騒動の原因と非は、氷河にあった。

瞬にどう謝ったものかと考えあぐね始めた氷河に、エスメラルダが、仕草で席の交換を促す。
氷河にできる謝罪と贖罪は、すっかり消沈してしまっている瞬の肩を抱きしめてやることだけだった。


二人のその様子が、一輝の目には、兄のタキシードをダシにいちゃついているようにしか映らない。

「一輝。あなたも早く弟離れなさいね」
正直に不快を表情に表した一輝の態度を、エスメラルダは軽く苦笑しながらたしなめた。






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