ひとりきりで暗闇に取り残されている時、僕は、幾度か、エドガー・アラン・ポーの『落とし穴と振り子』の話を思い出していた。

真っ暗な部屋に閉じ込められた男。
部屋の真ん中には、深い落とし穴がある。
そこに落ちれば、命はない。

真っ暗な部屋で、自分がそんな部屋に閉じ込められた理由もわからず、彼はただ不安と孤独と恐怖とに囚われる。
いっそ、その穴に身を投じてしまえば、この恐怖は消えるとさえ思う。

でも、僕は、あの男とは違う。
僕は、多分、出ようと思えば、この建物から出ることもできる。
でも、そうしようとは思わない。

優しい氷河。
以前は、恐くて近寄ることもできないほど、周囲の空気を冷たく張り詰めさせていた氷河が、今の僕には唯一の――唯一の温もりで、唯一の支えで、唯一の存在になっていた。

今の生活と時間が大切で、絶対に壊したくない。

氷河は外出することが多くなっていた。






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