僕は、僕が氷河に見捨てられるかもしれないという不安にばかり捕らわれていた。
どうすれば、氷河に見捨てられずに済むのか、そればかりを考えて、僕の知らないところで闘いが続いているのかもしれないなんてことは、考えさえしなかった。

ある日、外出から帰ってきてくれた氷河にすがりついていったら、氷河が低い呻き声を洩らした。
その時に初めて僕は、氷河が肩に怪我をしていることに気付き、そして、新しい闘いの勃発の可能性に思いを至らせたんだ。

闘い――が、この部屋の外では続いているのかもしれない。
僕が恐る恐る尋ねると、氷河は左右に首を振った。
空気の流れでわかる。

「違う。今は平和だ」
「でも……」

「これは……おまえの兄貴に殴られたんだ」
「え?」
「俺は、おまえを助けられずに、遺体さえ見失ってしまった男だからな」
「…………」

氷河が、僕の反応を確かめるために、息を殺しているのがわかった。

「僕は……死んだことになってるの」
「……ああ」

なぜだろう。
そう言われても、僕は、『ああ、そうだったのか』としか思わなかった。
氷河がなぜそんなことをしたのかを尋ねようとも思わなかった。


以前の氷河のあの眼差し――あの眼差しの意味を、僕は知っていた――理解していた、と思う。
氷河が──僕を、つまり、そういう対象として見ていたこと。
それが全てだとは思わないけど、氷河のあの眼差しには、それも含まれていた。

でも、こうして二人きりの生活を始めて、氷河はそうしようと思えばいつでもそうできるのに、そうしようとはしなくて、ただ優しくて。

それがなぜなのかは、僕にはわからない。
でも、僕は、ふたりだけのこの空間と時間を守ることができるのなら、氷河を僕に繋ぎとめておけるのなら、そうしてもいいと思った。

もう恐くない。
今の僕がいちばん恐れているのは、氷河を失うことだった。


そうならないためになら――僕は何だってするだろう。






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