氷河の手紙を読み終えて、僕は、今まで気付かずにいたことをたくさん――たくさん理解した。

僕がずっと恐がっていた、氷河のあの眼差し。
あれは、恋とか、それに付随する欲を秘めたものじゃなかった――それだけじゃなかった。

僕は、僕を庇い切れなかった罪悪感のせいで、氷河が僕に優しくしてくれるようになったのだと思っていた。
でも、そうじゃなかったんだ。

氷河は変わったわけじゃない。
氷河は、最初から――僕の目が見えていた頃から――ずっと優しかった。
僕は、自分の目が見えている時には気付かずにいた。

氷河が、ただの癖のように、人に優しくできる人間じゃないこと。
他人に良く思われるために優しくするようなこともしないこと。
むしろ、優しい人間だと思われることを忌避していたこと。

氷河は、優しさの代償に、僕を手に入れようとはしなかった。

氷河は、多分、母親が自分の子供に与えるような無償の愛情を、僕に求めていたんだと思う。
だから、僕に優しくなんかしない。
保護を求めるペットのように、可愛い仕草で媚も売らない。
氷河が求めていたのは、ただ存在するだけで、その存在自体を愛してもらえるような、そんな愛だったから。

そして、それを人に求めることが我儘だと知っていて、だから、なおさら何もできなかったんだろう。
ただ黙って見ていることだけしか。

僕が、氷河のマーマのように死んでしまう可能性に思い至った時、氷河は恐怖したのかもしれない。


人は、好きな人に自分を好きになってほしいから、優しくする。
優しい人間だと思われることが得だと思って、優しい振りをする人もいるだろう。
氷河には、それはできなかった。

氷河は、僕の目を傷付けることで、わざと罪を負ったのかもしれない。
僕に優しくするために。
僕に好かれるためじゃなく、もちろん、第三者に優しい人間だと思われるためでもなく、ただ罪の贖いのために優しくする。

僕に優しくする理由が、氷河には必要だった。
自分の欲しいものを手に入れるための優しさではない優しさを示す理由。
優しさの代わりに得られる好意なんか、氷河は欲しくなかったんだろう。

氷河はただ、愛されることだけを求めていたんだ。
子供のように我儘に、子供のように純粋に。

それは、でも、決して自分から人に求めてはいけない種類のものだったから、氷河は必死に自分を抑えて、抑えて――けど、その思いがあまりに強すぎて、だから、氷河の眼差しは僕を怖れさせたんだ。


もしかしたら僕が氷河にそれを与えられるのかもしれないと、氷河に思わせたのは、多分、天秤宮のあれ、だね。
確かに、あの時の僕は、そうだった。

なのに、その僕が、僕自身の代償に、氷河を手に入れようとした。
氷河には、それは、我慢ならないことだったのかもしれない。

それは、天秤宮で僕がしたことと結びつかない、まるで正反対の“条件付きの契約”だったから。


僕は――僕たちは、ふたりともが、どうしようもないほど愚かで我儘な子供だったんだ。






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