──あれは、いつのことだったろう。
去年か、その前の年の冬の夜。

瞬が、俺の首に腕を絡めて訊いてきた。
クリスマスの夜だ。

「氷河の誕生日がどんな日なのか知ってる?」
──と。

「クリスマスだろう」
つまらない答えを返した俺は、瞬の身体を貪ることの方に夢中になっていた。

「今日のことをね、古代ローマでは、“ディエス・ナタリス・インビクティ――Dies Natalis Invicti――”って言ったの。“征服されざる者の誕生日”っていう意味だよ」

「イエスのことか」
「ううん。元はミトラ信仰から来てるみたいだけど、サトゥルヌス……ギリシャ神話のクロノスのことだよ。ゼウスの父神」
「ああ、ゴヤの」

俺は、ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』の絵を思い出した。
自らの父を殺して得た神々の首長の座を、同じように我が子に奪われることを怖れて、自身の子供たちを次々に食らい続けた哀れで残虐な神。
“絶対”に近い力を有しながら、失うことの恐怖に征服された哀れな男。

「あんなのと俺を一緒にするな。俺は、おまえしか食わない」
そう言って、俺は、瞬の肩に噛みついた。

瞬がほのかに笑って──それは痛みに眉根を寄せたのだったかもしれないが、ベッドでの痛みなんて快楽と同じものだろう──呟く。
「でも、神様も人間も、みんな、そんなものなんじゃないの? 誰かは誰かを支配してるけど、でも、その支配している誰かも、結局は他の誰かに支配されてる」

「俺も、おまえもか」
俺は誰にも支配されていないつもりでいた。

「そうだね。僕を支配しているのは氷河で、氷河を支配しているのは……ああ……っ!」
俺を支配している者などいないと言わんばかりに傲慢に、俺は瞬を貫いて、瞬にその先を言わせなかった。



──あの時、おまえは、俺を支配しているものを何だと言おうとしたんだろう。

いや、あの時のおまえの考えなどどうでもいい。
俺の傲慢は、更にどうでもいい。

俺を支配しているのは、おまえだ。
今ならわかる。

今になって、俺はやっと気付いた。






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