ヒョウガとシュンは、ついこの間まで、歳の近い友人同士として、バビロンの都の片隅でつましく暮らしていた。
数ヶ月前のある日、ヒョウガが街を歩いている時に、突然黒い鳥が一羽その肩に舞い降りてくるまでは。
それが、その日神殿から放たれた精霊ラマッスの意を汲んだ聖鳥で、その時から、ヒョウガは、この退廃の都の王になったのである。

80年続いた王家の王が、つい数日前、後継者を残さずに亡くなったばかりだった。
その日、次代の王を選ぶための聖鳥が神殿から街に向かって放たれることなど、ヒョウガやシュンのような一介の市民には知らされてもいなかった。

王家が途絶えた時、聖鳥を飛ばして次代の王を選ぶのは、バビロンでは数百年間続いた神聖な儀式ではあったが、最後にその儀式が執り行われたのは、それこそ80年前である。
前回の儀式の様子を覚えている者など、神殿の内にも誰ひとりいなかった。


バビロンの都は、他の地域との交易が盛んで、経済力や武力で近隣諸国を飲み込み拡大し、一見繁栄しているように見えていたが、その下町では貧困に喘ぐ人々がひしめきあっていた。
その貧民たちの中で暮らしていたヒョウガは、その願ってもいない好機を逃さず、僅かな躊躇もなく王宮に入ったのである。
この巨大な都の王として。


国の政への王の親族や外戚の干渉を除くために、王座への登極は、親族との断絶が条件となっていた。
王妃も新たに選ばなければならない。
幸いヒョウガには親族と呼べるようなものはなく、妻帯もしていなかったので、断腸の思いで親族と引き離されるというようなことはなかった。
彼は、実に身軽に王宮に入った。
そして、幼い頃から互いに支え合い励ましあってきた友人であるシュンを、親族でないことを幸い、下級官吏か何かの名目で王宮に迎え入れてやろうと目論んでいたのである。

だが、実際に王宮に入ってみると、国の政というものは、彼が思うほどに単純明快なものではなく、国の最高権力者といえど思うに任せないことが数多くありすぎた。
先の王のように、自身の奢侈な生活だけを重要視して、実際の政治は官吏たちに任せておくこともできたし、そうなることを望んでいる官吏たちも多かったようだが、なまじ下層の貧しい者たちの生活を知っているだけに、ヒョウガにはそうすることはできなかった。

新しい王朝の体制を整えることは一朝一夕にできることではなく、ヒョウガはまず、腐敗した官吏たちの粛清から始めなければならなかった。
そして、そんな様をシュンに見せるわけにもいかず、呼び寄せるのを先延ばしにしているうちに、数ヶ月の時が過ぎ――そして、シュンは、その時を待てなかったらしい。

「だからと言って――」
そのために、人生の喜びの全てを神に捧げてしまうには、シュンはあまりに若すぎ、美しすぎるではないか。

「今を逃すと、次の聖別式は2年後だもの。そんなに長い間ヒョウガに会えないでいるなんて、僕、嫌だったんだ」
シュンは、自分が捨てさせられてしまったものの意味に気付いてもいないように無邪気に、そう言って微笑った。

聖別の儀式を終えたからには、還俗はよほどのことがないと許されない。
王にも、それを許すことは認められていなかった。
そもそも王を王に選ぶのは神なのであるから、王は、神と神を祭る神殿には干渉してはならないというのが鉄則だった。
神官としての働きができなくなっても――たとえ狂気に陥ったとしても――神官は死ぬまで神官である。

神が命じるのでない限り、シュンは一生、神の手から逃れられないのだ。
シュンは本当にそのことがわかっているのかと、ヒョウガは疑わずにはいられなかった。






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