「それがね。神を装う不届き者を、この塔の部屋に手引きした覚えはないかって言うのよ! あなたが元気になってからは、私、ずっと家にいて、神殿の側には近寄ってもいないって、近所の人たちが証言してくれたから、すぐ解放してもらえたんだけど」

先代の神の配偶者の話を聞いて、シュンは眉を曇らせた。
「いったい、どうして急にそんなこと……」

それは、今更ながらのこと――である。
夜毎シュンの許を訪れる“神”が本当に神なのかということを、ヒョウガが疑っていることは、シュンも聞かされていたが、ヒョウガはこれまでずっと、その究明に本腰を入れずにいたではないか。

「それが全然わからないのよ。討伐の戦果は上々、バビロニア軍には被害らしい被害もなかったし、イスラエル人たちもどっちかっていうと、バビロニアに降るために反乱を起こしたようなものだったらしくて、ほとんど帰順の意を示してて、王様は、いい人材を多く得られたとか言って、帰城までずっと機嫌もよかったらしいの。軍装を解いて、神官長から、留守中の報告を聞くまでは」

「留守の間の報告──って言ったって……」
ヒョウガが王宮を留守にしていた一ヶ月の間、神殿にもこの塔の部屋にも、報告するほどの何事も起こりはしなかった。
ヒョウガが戦いに出向く前と同じように日々は過ぎ、毎夜ナブ神がシュンの許にやって来て、彼の配偶者を抱きしめ、消えていく――。

何ひとつ、変わったことなどなかったのだ。

この塔の部屋を訪れる者を神かどうか疑っている素振りは見せても、ヒョウガはこれまで、決して実力行使に出ることはなかった。
それが、いったいどうしたというのだろう。

「ご……ごめんなさい、僕のために……」
シュンの謝罪に、先代の神の配偶者は首を横に振ってみせた。
「あなたのせいじゃないわよ。それくらい、ちゃんとわかってる」

彼女は、シュンのために無理に元気を装った笑顔を作り、だが、すぐに、その瞼に暗鬱そうな影を落とした。
「でも、今の王様はどっか変よ。前に見た時には、あんな目はしてなかったわ。イスラエル人たちに、悪い呪いでもかけられたんじゃないかしら」

彼女にしては非現実的なその言葉が、ヒョウガの不吉な変化の程を物語っているようで、シュンの不安は募った。






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