頬から血の気が引きかけている瞬の肩を抱くようにして、氷河が城戸邸の玄関に入ると、そこには、これからどこかに出掛けようとしているらしい星矢と紫龍の姿があった。

「あれ? もう終わったのか? いくら何でも早すぎなんじゃねー?」
星矢の声には、軽蔑の色もからかいの色もない。
星矢は、氷河が助平なことは嫌になるほど知っていたし、慣れていた。
彼は、あまりに早すぎる氷河のご帰還が、純粋に不思議だったのである。

「アレが出た」
「ありゃりゃ。もうほとんど姿を消したと思ってたんだけど、そりゃまたご愁傷様。んでも、てことは、まだまだ秋なんだなぁ」
氷河が不愉快そうに答え、その答えを聞いた星矢が、軽く肩をすくめる。
それから星矢は、ドアの向こうに広がっている秋の光景に、ちらりと視線を走らせた。

氷河を不機嫌にさせた“アレ”とは、つまり、秋の風景につきもののトンボ――である。

瞬は、トンボが苦手だった。
その姿を見るだけで、悪寒が走り、ひどい時には嘔吐することもあるほどに。

「何をノンキなことを言ってる! 瞬がアレを苦手になったのは、もとはと言えばおまえのせいじゃないか!」
「氷河だって、共犯だろ」
「む……」

星矢の切り返しに合って、氷河が返答に窮する。
確かに、その責任の一端は、氷河にもあった。
瞬がトンボ嫌いになる原因を作ったのは、彼の仲間たち ほぼ全員、だったのだ。






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