「これって、モテない女のひがみなのかー?」
再度気を失ってしまった瞬を気の毒そうに眺めながら、星矢が言う。

そこまで事実をはっきり言ってしまうのは、仮にも神であるアルテミスに失礼だ――という考えは、紫龍にもないようだった。
「アルテミスと言えば、アテナやヘスティアと並んで、ギリシャ神話三大処女神のひとりで、純潔を司る神様だ。彼女の水浴を偶然見てしまったアクタイオンを鹿に変えて、自ら射殺いころしたというほど潔癖な女神サマなんだ」

紫龍のその言葉は、アルテミスを弁護するためのものではなく、単なる事実の報告だった。
当然、星矢の中に、潔癖な処女神への同情心は生まれない。

「ありゃりゃりゃりゃ。それって、沙織さんよりおっかねーじゃん」
「まあ、エフェソスのアルテミス神殿には、“娼夫”を兼ねた去勢神官が大勢いたというから、本来は、女性の純潔にはこだわっても、男のそれはどうでもいいと考える女神のはず……なんだが」
「だから、やっぱり、欲求不満からくるヒステリーなんだよ」
「俺たちは、今度は、あんなのを敵にまわすわけか」

次回の劇場版聖闘士星矢の展開を想像して、紫龍は、深く長く吐息した。
前途多難とは、このことである。

「でもさー、鹿なら哺乳類なだけ、まだマシだよな。口がきけなくても、表情や仕草で何とか意思の疎通くらいはできそうじゃん。だけど、トンボじゃあなぁ……」
「哺乳類が無理なら、せめて、コオロギとか鈴虫とか、瞬が苦手でない昆虫ならまだよかったんだが……」

瞬の側に近寄るわけにもいかず、かといって、瞬の姿の見えないところに引きこもることもできないらしく、氷河トンボは、瞬が横たわっている長椅子の上空をすーいすーいと行きつ戻りつしている。
そんなトンボの様子を見て、星矢もまた嘆息した。

「ノンキに見えるのが 悲しいよなー」
「外に出て、他のトンボの中に紛れ込んでしまったら、もうどれがどれだかわからないことになるな」
紫龍も星矢に以下同文、である。

「外には出るなよ、氷河! 鳥に食われでもしたら事だからな!」

拳ひとつで永久氷壁をも砕く力を持っていた氷の聖闘士にそんな忠告をしなければならないことに、星矢は非常に情けないものを感じていた。






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