それから半月。 瞬は、人間の氷河のいない日々を過ごしていた。 氷河トンボとふたりきりでいる瞬が正気を保ち続けられるとは思えなかった星矢が、彼を自室に引き取ってくれていた。 それでも、瞬は、氷河の無事を確かめるために、 「氷河、元気?」 と、一日に何度も、星矢の部屋を訪れてはいたのである。 大抵はドアの前まで、ではあったが。 氷河トンボは、小さく刻んだ鶏のササミをエサにして、なんとか外界に出ずに命を永らえていた。 ちなみに、トンボは生涯を通じて肉食である。 短い一生の間に数百キロを移動するとも言われるトンボの、本来の活動範囲に比べれば狭すぎるほどに狭い部屋の中を、氷河トンボは今日もすーいすーいと飛び回っている。 その姿は、まさに極楽トンボ、だった。 悲惨この上ないこの現実が、傍目にはノンキかつ平和な光景にしか見えない、この悲(喜)劇。 氷河トンボはもしかしたら、女神たちに鹿や蜘蛛に変えられて、まっとうな悲劇を演じる事のできた先達たちを羨んでいたかもしれなかった。 「トンボは何にも言わないけれど、トーンボーぉの気持ちぃはー よーくわーかーるー♪」 と、どこかで聞いた節の歌を口ずさみながら、 (全然わかんねーよ、トンボの気持ちなんか) と内心でぼやく、今日この頃の星矢だった。 |