翌日。 約束の時刻、瞬たちが赴いた公園には、5メートル四方ほどの大きさをした半透明の虫籠が、ででん★ と鎮座ましましていた。 その横には、勝ち誇った笑みを浮かべて、狩猟と純潔を司る月の女神が立っている。 彼女は、瞳に不安の色をたたえた瞬の姿を認めると、自分の思いつきに浮かれている様子で、彼女の考えた交換条件を、もったいぶりながら口にした。 「この虫籠は、私の作った結界でできているの。この中にトンボを99匹放すわ。そこにそのマヌケなトンボを加えて、ちょうど100匹。この虫籠の中に入って、100匹のトンボの中から、1時間以内に、そのマヌケトンボを見付け出せたら、彼を人間に戻してあげる」 「え……」 アルテミスの提示した条件に、瞬がたじろぐ。 それは、瞬に、『死ね』と、もしくは、『発狂しろ』と言っているも同然の、過酷な交換条件だった。 「おいっ、瞬はまともにトンボを見ることもできないんだぞっ! そんなの無理に決まってるだろっ」 「そんなことは、私の知ったことではないわ。どうなの。やるの、やらないの。言っておくけど、今のままでいたら、そのバカトンボは冬が来る前に死ぬことになるわよ」 星矢のクレームを、アルテミスは受け付けなかった。 むしろ、星矢の言葉は、アルテミスに自分の思惑の有効性を自覚させただけだったろう。 「あのな〜っっ !! 」 なおも食ってかかろうとする星矢を、瞬が押しとどめる。 それから、瞬は、決死の表情で、星矢に告げた。 「僕、やる。氷河を元に戻す方法がそれしかないのなら」 「でもな、瞬……」 心配顔の星矢に、瞬は、もう一度、きっぱりと断言した。 「やる」 「けどなー。トンボなんて、どいつもこいつもまるっきりおんなじ姿形してて、口がきけるわけでもなけりゃ、表情があるわけでもないんだぜ? 区別なんてつくわけないだろ。氷河を元に戻すどころか、へたすりゃ、おまえが死ぬことになるぞ」 決意だけで事が成るなら、奇跡の出る出番はない。 これまで、その“奇跡”の恩恵に預かるだけ預かってきた星矢が、妙に慎重な意見を吐く。 氷河の懸念の原因を言葉にしたのは、紫龍だった。 「星矢の言う通りだ。100分の1の確率に賭けるしかないのに、おまえのくじ運ときたら――」 そうなのである。 瞬は、そのくじ運の悪さで、この業界に勇名(?)を馳せていたのだ。 デスクイーン島にアンドロメダ島と、過酷な環境の修行地を引き当て、更に、天界・海界・冥界の三択で最悪の冥界を引き当ててしまったハーデスに憑依され、とどめは、よりにもよって氷河に惚れられるというくじ運(?)の悪さである。 奇跡が起きない限り、打開できそうにないこの場面で、100分の1の奇跡という当たりくじを瞬に引き当てることができるとは、星矢にも紫龍にも到底思い難かった。 |