星矢と紫龍の懸念をよそに、100分の1の奇跡を起こすために、瞬は、悪夢の虫籠の中に足を踏み入れた。

「う……」
途端に、瞬は吐きそうになった。

瞬の苦悩と苦悶も知らず、100匹のトンボたちは、ノンキこの上ない様子で、すーいすーいと瞬の脇を擦り抜けては、また近付いてくる。
瞬は、その大群のトンボたちを手で払うこともできなかった。

「い……いや、こっち来ないで!」
涙目になって瞬は訴えたが、トンボに言葉は通じない。
トンボたちは、ひたすらノンキにすーいすーいと虫籠の中を飛び回るだけである。

2分と経たないうちに、瞬は、その口を両手で押さえて、結界の隅にうずくまることになった。
だが、今の瞬には気を失うことも許されないのだ。


「おい、瞬、やめろ。もう!」
「どうせ区別はつかないんだ。運を天に任せて、適当に一匹を選べ。そして、さっさと結界の外に出るんだ!」
星矢と紫龍が、虫籠の外から、瞬に向かって叫ぶ。

具合いが悪くなって倒れるだけならまだしも、これでは本当に瞬は発狂しかねない。
星矢たちの声が聞こえているのかいないのか、悪夢の虫籠に閉じ込められた犠牲のアンドロメダ姫は、ひたすら結界の隅にうずくまっているだけである。

そうして、更に5分が経った頃。
瞬は、彼がうずくまっている場所を起点にした対角線上の虚空を指差して、かすれた声で、
「今……僕のいるところから、いちばん離れたところにいるトンボ」
――と言った。

瞬が指差したそこには、他のトンボたちから離れ、結界の外に出ようとして、半透明の結界の壁に、羽と頭を幾度もぶつけているトンボが一匹いた。






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