シュンの住む館を訪れ、夜をそこで過ごすようになってから、ヒョウガは、館の中に自分の部屋を整え、様々な私物や書類を持ち込むようになっていたのだが、その中に、一枚の鏡があった。
どういうわけか、この館には鏡が一枚もなかったのである。
亡くなったシュンの母親は、もしかしたら、見捨てられたまま歳を重ねていく自分の姿を見たくなかったのかもしれない。

「嫌な顔をしている」
自分が持ち込んだ鏡に映る己れの顔を見て、ヒョウガは吐き出すように呟いた。

そこに映っているのは、“希望”を見失い、だが、その希望の残照にみじめに取りすがっている男の顔だった。
なまじ若く整っているだけに、覇気のない眼差しの虚ろさが目立つばかりの――。


「ヒョウガ、何見てるの?」
問われて、ヒョウガが顔をあげると、扉の前にシュンの姿があった。

「何でもない。来い」
鏡に向かってぶつぶつ独り言を呟くなど、容貌の衰えを嘆く老嬢のすることだと自嘲して、ヒョウガは、その鏡を机の抽斗ひきだしの中にしまい込んだ。

ヒョウガに呼ばれたシュンが、小走りにヒョウガの側に駆け寄ってくる。
ヒョウガは、椅子に腰掛けたまま、シュンを膝の上に乗せようとして、シュンの腰に手を伸ばした。
シュンが、ヒョウガの腕が自身の身体に触れるのを待たずに、ヒョウガの膝に横座りする。
脚を広げて、ヒョウガに跨るのは、身に着けているものを取り除いてからと、シュンはヒョウガに教えられていた。

「何を見てたの」

ヒョウガが見ていたものを気にしているシュンの身体を貫くことで、ヒョウガは彼を黙らせた。






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