ともあれ、氷河のふざけた答えを聞いて、星矢は思い切り顔を歪めた。
もっとも、星矢の顔がどうなろうと氷河には関係のないことらしく、彼は相変わらず冷蔵庫との格闘を続けていたが。

「食い物を探してるんだ。瞬が──」
「瞬が?」
「起きあがれそうにないんで、ベッドから出ずに食えるものを──ここには、すぐ食える手軽なものはないのか」
氷河が、音をたてて舌打ちをする。

「作るしかないか」
そう言って、彼は、やっと冷蔵庫のドアを閉めた。
卵とハムを、その手に掴んで。

「起きあがれそうにないって、そこまでするか、普通」
「するだろう。俺は体力がありあまってるし、瞬も結構好きだしな」
「瞬が? まさか」

星矢は氷河の言うことを信じなかった──信じられなかったから信じなかったし、信じたくなかったから信じなかった。
瞬は、氷河の我儘を拒めないだけなのだ。
そうに決まっている。
誰が自ら好んで、ベッドから起きあがれなくなるほどの負担を自分に課すだろう。
それも連日。

ここのところ、星矢は、朝の食卓で瞬の姿を見たことがなかった。
瞬は氷河を甘やかしすぎている──と、星矢は内心で憤慨しまくっていた。

そんな星矢を見て肩をすくめていた紫龍が、横から氷河に提案してくる。
「そういう時はあれだな。枕許に握り飯を10個くらい用意しておいて、それを食いながら励むのがいいんじゃないか」
「今度からそうする」
「──皮肉のつもりだったんだが」
「なんだ、そうだったのか」

紫龍の皮肉も、氷河にはどうでもいいことだったらしい。
彼は手にした食材を持って、キッチンの隅にある簡易調理用の電気コンロの前に移動し、それ用の器具で器用に目玉焼きを作り始めた。

紫龍が、似合っているとも似合っていないとも言い難いその光景に、呆れつつも感心する。
「手際が良くなったな。少し前までは、目玉焼きも玉子焼きもスクランブルエッグにしていたのに」
「まともなものを食わせてやらないと、瞬が早起きをしたがるんだ」

必要は技能向上の母である。
感心しつつ呆れている紫龍の前で、あっという間にハムエッグとカフェオレを作り終えると、トーストとフルーツを乗せたトレイを持って、氷河はダイニング・キッチンを出ていった。






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