気まずい沈黙を振り払うべく、代わりの話題を、俺は瞬に提供した。

「瞬、俺とこの島を出ないか?」
それこそが、俺がこの島にやってきた目的――だった。

「どこかに遊びに行くの。あのクル……ザで? 一緒に行く」
「そこは、人がたくさんいるところで……瞬は服を着なければならなくなるんだが」
「服……その皮?」
「そうだ」
「動きにくそう」
「嫌か」
「氷河と一緒なら行く」
「人が多いのは平気か」
「人……氷河みたいにおっきくて綺麗な人がいっぱいいるの」
「俺よりは劣るのが大部分だが」

「氷河のいるとこなら、行く」
「そうか」

瞬が、俺の考えているほどには深刻にものを考えて答えているのではないことは明白だったのだが、俺は、その返答を聞いて、幾許かの安堵を覚えていた。
もし瞬の父親が本当に既に亡くなっているのであれば、この島に瞬をひとり残していくことはできないし、瞬が俺と一緒に日本に帰ってくれるのなら、俺は俺の親父から相続した“負債”を、少しは返済できることになるのだから。

「氷河、笑った」
「ん? ああ」

安堵の思いが顔に出たのか、瞬が俺の顔を覗き込んで嬉しそうにそう言った。

“笑う”ということがどういうことで、どういう感情を伴う行為なのかを、俺はつい数日前に瞬に教えたばかりだった。
瞬はこれまでそんなことすら知らずに――“笑う”ことの意味さえ知らずに――ひとりでこの島で生きてきたのだ。

日本に戻ったら、瞬にはそれなりの教育を受けさせてやらなければならない。
内心でその算段を始めていた俺に、
「笑った」
瞬はもう一度そう言って、瞬自身が嬉しそうに笑いながら、俺に抱きついてきた。
やわらかく滑らかな肌でできた瞬の腕が俺の首に絡みつき、その身体が俺にしなだれかかってくる――。

途端に、俺の心臓は跳ねあがった。
――それはありえない。

急に喉が渇いてくる。
――それはありえないことのはずだった。

瞬は確かに綺麗な子だ。
だが、身体はともかく情緒の面では全くの子供である。
互いの意思や微妙な感情を言葉で伝え合うことはできないし、だから、当然、俺と瞬の間には高度な精神の共鳴もありえない。
知的レベルが異なり、対等の者として存在していない。

だから。
そんなことはありえないはずだった。
もし、そんなことがありえるのなら、そこに恋の感情はない。
それとも、俺は、恋の成立する条件の認識を間違えているのだろうか――?

いずれにしても、それは、紛う方ない事実だった。
俺は、瞬に欲望を覚えていた。






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