俺は、自分のしでかした暴力も、それがもたらした後悔も罪悪感も忘れて、急いで浜に向かった。
瞬の身に何が起こったのかが気になって、瞬は俺に側に来てほしくないと思っているかもしれないという可能性に思い至る余裕もなかった。

「瞬!」

瞬に、外傷らしきものはなかった。
名を呼んで、瞬の身体を抱き起こすと、瞬はうっすらと目を開けた。
視点の定まっていないような瞳に俺の姿を映し、
「氷河……帰ってきた……?」
と、掠れた声で呟く。
その声には安堵の響きがあり、自分に非道なことをした男の顔を見て、瞬は微かに微笑みさえした。

「僕、ひとり、いや」
「瞬……」

瞬のその言葉を聞いた時の俺の気持ちを、どう表現したらいいんだろう。
俺が瞬に教えてしまった“孤独”。
それは、自分に危害を加えるかもしれない男と共にいる恐怖よりも強く、瞬の心と身体を苛む“病”だったんだ。

俺は、瞬をクルーザーのベッドルームに運び入れ、俺に無体をされてから数日間、ほとんど何も食べていなかったらしい瞬に、消化のいい食べ物と栄養剤の類を摂らせた。

が、そんなことよりも。
“孤独”の最良の処方箋は、“孤独の解消”である。
俺が――瞬にあんな無体をしでかした俺が――瞬の側にいることが、瞬には何よりの薬だったらしい。
半日もすると、瞬はすっかり元気になった。
俺がイザベラ島で買ってきた服――襟もボタンもない、ただの綿のTシャツだったが――を着せられた時には、瞬は楽しそうに声をあげて笑いさえした。

「氷河の船、見えなくなって、悲しかった。ずっと一緒って言ったのに。どうして、いなくなったのかわからなくて――」

“孤独”を覚えてしまった瞬は、もう一人で生きていくことはできないだろう。
それは、瞬を日本に連れ帰ろうとしている俺には都合のいいことで、だから、俺はその事実を喜ぶべきなのかもしれない。

だが、俺は、俺のような卑怯者が大勢いる世界に瞬を連れていって大丈夫なのだろうかという不安にかられ始めていた。
その世界に住む者たちは、俺と同じように、瞬を傷付けるに違いないというのに。

「すまなかった。俺は――」
ともあれ、今は、瞬の不安を取り除いてやることが先決である。
俺がこの島を離れたのは瞬のせいではないし、瞬がこの先ひとりになることはないという約定を、俺は瞬に伝えようとした。
そうしようとした――時。

瞬が突然、俺に背を向けて、キャビンの床の上に四つん這いになった――。
それは、Tシャツを着ていなかったら、とんでもない格好だった。
着ていても――それがとんでもない光景だということに変わりはない。

いったい瞬は何のつもりでそんなことを始めたのかと瞳を見開くばかりだった俺に、瞬は、実に無邪気に言ってのけたのである。
「僕、わかった。時々、兎や鳥たちがしてる。氷河、あれをしようとした」
――と。
「僕、よくわからなくて逃げたけど、思い出した。みんな、してる。僕たちもする」

「…………」
俺は、多分、その時、必死に苦笑しようと努めた。
だが、その努力は徒労に終わった。

何もわかっていないのは、そして、滑稽なのは、瞬ではなく俺の方だ。
俺がすべきことは、その場を誤魔化すための苦笑ではなく、俺自身をあざわらうことだった。






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