「な……なんのっ!」
アポロンは、再び、その手を宙で一閃させた。

途端に、瞬の姿は1本の月桂樹の木になり、その周囲に数十数百本の、全く同じ枝振りの月桂樹がにょきにょきと生えてくる。
つまり、それまでピンク色のお花畑だった城戸邸の庭は、今度は月桂樹の林と化してしまったのである。

「これならどうだっ!」
アポロンは再び挑戦的な口調で氷河に迫ったのだが、しかし、それも彼の悪あがきでしかなかった。

「自分の失恋相手が変化(へんげ)した木でこんなことをするとは、自虐的な奴だな」
そう呟きながら月桂樹の林の中に分け入った氷河が、1本の木の幹に手を伸ばし、
「瞬」
と、彼の恋人の名を呼ぶ。
氷河の触れていた月桂樹は、無論、すぐに元の人間の姿を取り戻した。

「な……っ !? で……では、これならどうだっ !? 」
アポロンの悪あがきは、それでもまだ続いた。

彼は、今度は、糸杉の林を城戸邸の庭に出現させ、またしてもあっさりと氷河に見破られた。
更に、彼は、野あざみの野原を作り、やはり氷河の慧眼に敗北することになった。

「く……くそぅっ、これならどーだっ!」
やけになったアポロンは、5度目には瞬を鹿の姿に変えたのだが、これは氷河が選ぶまでもなく、瞬が氷河の側に走り寄ってきた。

「な……ならば、次は──っっ !! 」

いくら失恋経験の豊富なアポロンでも、こうまで立て続けだと、さすがにネタに詰まってくる。
掛け声だけは威勢がよかったが、アポロンは、6度目の変化のネタに思い切り迷うことになった。
「つつつつ次は〜……次は〜次は、新宿〜、出口は右側〜っっ !!」


「……貴様、どうやら本物の阿呆らしいな」
とち狂って阿呆なことを言い出したアポロンに付き合わされる氷河の方も、いい加減、うんざり気味である。
「何度同じことを繰り返せばわかるんだ? 言っておくが、瞬が砂粒に変えられても、俺にはわかるからな。無駄なことはやめた方が利口だぞ」

「う……」
アポロンには、この現実が信じられなかった。
下賎な人間に、こんな超人的な――否、むしろ超神的な――ことができるはずがない。
それは、できてはならないことのはずだった。
「き……貴様は神か? 貴様も神なのかっ !? 」

「無礼なことを言う奴だな。俺がそんな馬鹿者共の仲間なはずがないじゃないか」
悲鳴にも似たアポロンの疑念を、氷河があっさり切り捨てる。

ぜいぜいと肩で息をしていたアポロンは、自分の立っている大地が急にどこかに消え失せたような錯覚に囚われて、言葉と気力を失った。






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