「問42の痴漢の項目だな。瞬は、痴漢に遭ったことがない。俺もそこは、『ない』にチェックせざるを得なかった」
時間の経過に従って、少しずつ不機嫌の度が増してきている瞬の横で、氷河がふいに口を開く。

「へー。瞬、痴漢に遭ったことないんだ?」
星矢が意外そうに言った言葉が、ますます瞬を不機嫌にした。
「でも、それって、滅多に電車に乗らないってだけだろ? 乗ったら痴漢に遭うんだろ?」

そう尋ねられた場合、にっこり笑って『はい、さいで』と答える男はいないだろう。
そのあたりは、瞬も、一般的な男と同じだった。

瞬が、一般的でなかったのは、星矢の決めつけに憤ったあまり、
「じゃあ、試してみようよ!」
――と怒鳴ってしまうところである。

「おい、瞬。何も好き好んで、自ら痴漢に会いにいかなくても――」
「遭うわけないでしょっ! 僕は男なんだからっ!」
星矢だけならまだしも、紫龍にまでそんなことを言われてしまっては、瞬としても立つ瀬がない。
これは、正しく『売り言葉に買い言葉』、瞬は後に引けなくなった。

「瞬、本気か?」
「冗談で、こんな馬鹿なこと言えないよっ!」
――普通の人間は、冗談ででしか、そういう馬鹿げたことは言わない。

どうやら本気で『男の証明』に挑むつもりらしい瞬に、氷河は嘆息を洩らした。
「なら、俺もついていく」
「来なくていいよっ!」
「いや、これで、俺も、『一緒にいた連れが被害にあった』にチェックできるようになるからな」

軽い苦笑を交えてそう告げた氷河に、二人の脇から、星矢が不満の声をあげた。
「それって、逆効果じゃねー? こんな強面のボディガードがついてたら、痴漢だって逃げてくだろ」

「あ……そっか」
確かに、氷河が一緒にいる方が、痴漢遭遇の確率は下がるかもしれない。
それを氷河の厚意と受け取って、瞬は氷河の同道を認めることにした。


「すかすかの電車で1駅だけ乗って、痴漢に遭わなかったなんてのはダメだぞ! 通勤ラッシュか帰宅ラッシュの電車で、最低山の手線1周くらいは乗ってろよ!」
星矢は、何がどうあっても、瞬を“完全無欠の受け”にしたいらしい。

きっちり条件をつけてくる星矢に目いっぱい腹を立てながら、かくして瞬は、帰宅ラッシュが始まろうとしている夕刻の駅に向かうことになったのである。






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