――駅の改札横には、『痴漢は犯罪です』という、痴漢撲滅のためのポスターが貼られていた。
それを横目にやり過ごし、瞬は氷河を従えて、その改札を抜けたのである。

「僕が痴漢になんて遭うわけないんだから! 僕は男なんだから!」
誰も、瞬を男ではないなどと言ってはいなかったのだが、瞬は、その超基本事項に気付いていなかった。

そもそも痴漢というものは、被害者の可愛らしさや肉体美の問題以前に、気の弱そうな相手を狙うはずだと、自分に言い聞かせつつ、瞬は無理に眉を吊りあげて、ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだのである。


通勤時のラッシュほどではないが、瞬たちが乗車した平日夕方の電車は、程良く混んでいた。
押し合いへし合いするほどではないにしろ、隣りに立つ人間に肩や背が触れる程度には混みあっている。
車両に乗り込んだ瞬は、他の乗客に押されて、氷河の胸の中にすっぽりはまりこんでいるような体勢をとることを余儀なくされた。

2つ目のターミナル駅で、更に乗車率が上がる。
瞬は氷河の胸の中で窮屈そうに肩をすぼめた。

「大丈夫か? 気分が悪くなったら、無理せずに言うんだぞ? すぐ降りるから」
電車に乗り慣れていない瞬を心配して、氷河が、瞬の頭の上で言う。
こういう時は、上背がある方が楽そうだった。
上目使いに氷河を見上げ、瞬が、少し苦しそうな笑みを浮かべる。

「うん、でも、これくらい……」
『平気だよ』と、瞬が言おうとした時、だった。

(え…… !? )
何かが――乗客の鞄の類ではなく、生温かい何かが――スッと瞬の尻を撫でていったのは。

それはほんの一瞬の出来事で、最初、瞬は無理に、自分の背後にいる誰かが身動みじろぎをしただけなのだと思った――思おうとした。
――のだが。

それは、その後も間断なく続き、やがて、瞬はその事実を認めないわけにはいかなくなったのである。






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