その夜。 サングラスをしていない氷河が、瞬の部屋のドアをノックした。 「──瞬」 「氷河なんか知らない! あっち行って!」 「瞬……」 瞬はまだ機嫌を直していないようだった。 そして、気持ちの整理もまだついていないようだった。 あるいは、瞬は、氷河を責めることで、自分自身のどうしようもない羞恥心を忘れようとしていたのかもしれない。 「元はと言えば、氷河が不肖の弟子なせいでしょ! カミュ先生は、氷河のこと心配して来てくれたの! それを、死んだ者はおとなしく死んでろだなんて、僕、そんなこと言う氷河の神経疑うよ!」 「…………」 神妙な顔をして、瞬の叱責を受けていた氷河が、言い訳がましく口を開く。 「しかし、カミュが生死のルールを曲げて、この世に舞い戻ってきたことが全ての元凶だ」 「氷河、反省してないのっ !? 」 瞬に怒鳴りつけられて、氷河は言葉を失った。 「し……している……と思う」 「 煮え切らない氷河の口調に、瞬がぎろりと氷河を睨みつける。 氷河は慌てて言い直した。 「してます」 「ほんとに?」 「本当だ」 「ほんとのほんとに?」 「……ああ」 情けなさも極まった顔の氷河を見詰めていた瞬が、やがて目いっぱい怒らせていた肩から力を抜く。 それから、瞬は、幾分やわらかさを取り戻した声で、諭すように言った。 「氷河はね、幸せな人間なんだよ……。すごくすごく幸せな人間なんだ。氷河の周りの人たちはみんな、氷河を愛してくれてた。今も愛してくれている。それを当たり前のことだなんて思うのは、傲慢を通り越して馬鹿なことなんだから。感謝の気持ちを持てない人間は、愚か者なんだから。僕が好きになった氷河は、そんな馬鹿じゃないんだからね」 「…………」 瞬の言葉を噛みしめるように聞いている氷河は、相変わらず無言だった。 「カミュ先生のこともマーマのことも、忘れたことなんかないくせに。だから、氷河は、たとえ弾みででも、そんなこと言っちゃ駄目。そんなこと言って、後悔するのは氷河自身なんだから」 無言で項垂れているような氷河を見ているうちに、瞬の中には同情心めいたものが生まれてきていた。 それが“弾み”で出た言葉に過ぎなかったことは、瞬も、そして、氷河自身もわかっているのだ。 長い沈黙のあと、氷河がやっと口を開く。 「……君は優しいな」 「え?」 瞬は、瞳を見開いた。 それは、氷河の口調ではなく、カミュのそれだった。 そして、氷河とカミュが入れ替わった様子は、瞬には見てとれていなかった。 |