「氷河……カミュ先生? え? でも、さっき、僕のこと、瞬って……」

戸惑いつつ尋ねた瞬に、サングラスをしていないカミュは、苦笑しながら肩をすくめた。
「いや、氷河があまり生意気なんで、ちょっと意趣返しを企んでいたんだが」
「意趣返し?」
「氷河の振りをして、君にキスくらいしてやったら、あの不肖の弟子も、少しは自分の不利を悟るだろうと思ってね」

「先生……」
瞬が、カミュのその言葉に、思い切り呆ける。
キスどころではないことをしてのけておいて、悪びれもせず、そんなことを企んでみせるカミュに、瞬は、“呆れる”を通り越して脱力しかけていた。

氷河とカミュは、確かに、『この師にして、この弟子あり』なのかもしれない。
まさか、氷河の師であり、黄金聖闘士でもあった人を責めるわけにもいかず、瞬は途方に暮れてしまった。

そんな瞬に、カミュが──氷河の顔をしたカミュが──真顔で告げる。
「私は帰ることにする。君がついていれば、不肖の弟子もそれなりにやっていけるだろう」
「カミュ先生……」

カミュの声音は、どこか寂しげだった。
案外、師というものは、自分の弟子にはいつまでも不肖の・・・弟子でいてほしいものなのかもしれない──と、瞬は思ったのである。

「氷河を頼む」
「言われなくても、それは……。でも、今すぐは駄目です。氷河が悲しむから。カミュ先生、もう少しここにいらしてください」
「どちらにしても、私は氷河とは話ができない」
「…………」

悲しいことではあるが、それは事実である。
カミュに寂しげな微笑を見せられた瞬は、ひどく切ない気持ちになった。
そして、次の瞬間に叫んでいた。
「僕の……僕の身体をお貸しします! カミュ先生、僕に乗り移って、氷河とお話してください!」

「君の身体を拝借したりしたら、それこそ私は不肖の弟子に殺される」
カミュが、微笑を苦笑に変えて、首を横に振る。
「最初から、わかっていたんだ。氷河には信頼できる仲間がいて、だから、私が案ずるようなことは何もないのだと。私はもう氷河には不要な人間だ」

「そ……そんなことありません!」
瞬は、カミュの言葉を否定した。
不肖の弟子は、今もちゃんと・・・・不肖の弟子である。
ちゃんと、不肖の弟子でいるのだ。

「それでいいんだよ」
しかし──。
「それでいいのだ」
まるで自分自身に言い聞かせるように、カミュは、同じ言葉を繰り返した。

「カミュ先生……」
多分、それは正しい。
また、そうでなければならない。
だが、正しくて、そうあるべきことの、何という哀しさだろう。
今は生きていない者の悲しげな瞳を、瞬は、ひどく辛い思いで見上げ、見詰めた。

ふいに、氷河の腕が、瞬の肩におりてくる。
そして、それは、そのまま瞬を抱きしめた。
瞬には、自分を抱きしめている人が、カミュなのか、あるいは氷河なのかが、わからなかった。






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