──そうして、城戸邸には日常が戻ってきた。 そこに暮らす人間の数が減ったわけではないというのに、氷河と瞬は、カミュが消えてからしばらく、『何かが足りない』という思いから逃れられずにいた。 どうのこうの言って、氷河の喪失感は相当のものだったらしく、彼が瞬に、 「さー、これで心置きなく と誘いをかけてきたのは、カミュが消えて2日が経ってからのことだった。 氷河が、氷河以上に気落ちしていた瞬を自室に連れ込み、瞬の肩を抱いて、その唇に唇を寄せる。──寄せようとした時。 突然、瞬の唇から、瞬のものとは思えないセリフが飛び出してきた。 すなわち、 「なんだ、君はっ!」 ──という妙ちくりんな言葉が。 「瞬……?」 氷河が怪訝に思ったのは、ほんの一瞬のことだった。 そして、彼は、すぐに“嫌な予感”に襲われた。 「カミュから、瞬が寂しそうにしていたと聞いて、心配して来てみれば!」 「『なんだ、君は』って、あの、あなたはどちらさまでしょう?」 氷河の口調がいつになく丁寧なものになったのは、 もちろん、氷河の推察は的中していた。 「アテナのお膝元にいるのだから、瞬に悪い虫がついているなどというカミュの言葉は信じていなかったのだが……」 氷河を見る (カミュの野郎〜 !! ) 氷河はもちろん、恨む相手を間違えるようなことはしなかった。 氷河が恨むべきは、自慢の弟子を案じるあまり、瞬の身体をのっとった瞬の師ではなく、不肖の弟子を窮地に追い込むべく悪事を画策した、彼自身の馬鹿師匠なのだ。 今すぐに死んで、あの世に行き、あの馬鹿師匠を殴りつけてやりたいとまで思い始めた氷河に、瞬の師が、瞬の顔で尋ねてくる。 「で、君は、瞬の何なのかな?」 「あ、俺は──」 氷河は、ここで、瞬の師の心証を悪くするわけにはいかなかった。 実際、氷河は、瞬の師を、瞬以上に尊敬していたのである。 瞬の師は、偽教皇に惑わされていた黄金聖闘士たちなどよりずっと聡明かつ賢明な聖闘士であり、それよりも何よりも、瞬を今の瞬に育てあげた優れた指導者なのだ。 「俺は──いえ、私は、瞬と同じアテナの聖闘士で、白鳥座の聖衣を預かる氷河という者です」 カミュに比べればはるかに当たりが柔らかいので、氷河は瞬の師に対して、かえって礼儀正しくならざるを得なかった。 アルビオレに、もっと居丈高に出られていたら、氷河も、彼への反発心から、邪魔者に対するにふさわしい態度で接していられたかもしれないが、この場合、それは叶わなかった。 しかも、瞬の師は、瞬の顔で氷河に尋ねてくるのである。 氷河に、滅多なことができるわけがない。 「ふむ。で、その氷河くんがどうして、瞬の肩に馴れ馴れしく手を置いていたんだね?」 「は……話せば長くなりますが、それはつまり──」 「つまり、何だね?」 瞬の顔である。 瞬の瞳、瞬の唇で、彼はそんなことを氷河に尋ねてくるのだ。 氷河は結局、彼に問われるまま、自分の身長・体重・生年月日・血液型から、その生い立ち、瞬と出会い過ごしてきたこれまでの経緯、聖闘士としての得意技、趣味、果ては将来の展望まで、事細かに説明することになってしまったのだった。 「──というわけで、俺は瞬を心から愛しているんです」 その説明に、氷河は、優に2時間もの時間を費やした。 氷河の被告人答弁が終わると、今度はアルビオレの反対尋問が始まる。 「それは結構だが……。君の話を聞いていると、君は瞬に頼り甘えてばかりいるように思えるのだが、それは私の気のせいだろうか」 「ぐ……」 反論する言葉を氷河が持ち合わせているのなら、ぜひ聞いてみたいものである。 もちろん、氷河の反論を聞くことのできる人間は、この世にもあの世にも、ただの一人も存在しなかった。 「そもそも、恋に限らず、人間関係というものは、互いに互いを高め合っていけるような付き合い方が最も望ましいと、私は思う。それが目的ではないにしろ、そうであった方がいい。君は、そうは思わないか?」 『互いに互いを高め合う行為はベッドでやっている』とも言えず、氷河は答えに窮した。 窮したまま、無情に時間が過ぎていく。 瞬の師は、納得できる答えを得るまで、瞬の中から、 |