3000年前、この星は、宇宙に出ていくほどの高度な文明を有していたという。 それが、ある日、直径100キロに及ぶ巨大隕石が北半球に衝突し、この星の上で最も栄えていた国を壊滅させた。 隕石衝突で巻き上がった粉塵は陽光を遮り、この星の平均気温は20度以上低下した。 この星全体が雪と氷に閉ざされることになり、直接隕石衝突の被害を受けなかった地域でも、人間たちが次々に死んでいった。 この大異変以前には百億に近い人口があったこの星で、生き残ったのは世界各地にわずか数十万。 エネルギーは枯渇し、生き残った人々の連絡網は遮断され、人間たちはほぼ原始の時代に近い生活を強いられることになったのである。 その中で、幸運に恵まれ──あくまでも、それは、相対的な幸運にすぎなかったが──力のある人間たちだけが生き延びた。 そして、隕石の衝突から、およそ100年。 太陽の恩恵が再び地上を覆うことになり、草木は復活したが、かつてこの星に高度な文明社会が栄えていたことは忘れられ、この星の住人がそれを取り戻すことはほぼ不可能な状態になった。 だが、そんな中でも、世界中のあちこちに、かろうじて文明の時代の知識と技術を保持する者たちが生き延びていた。 その知識と技術は、それを持たない者たちには、まさに魔法にも思えたのだろう。 そうして、この星に、“神”と呼ばれる存在が生まれたのである。 無論、“神”はひとりきりではなかった。 どれほど高度な知識を有していても、それを個人で発揮するには限界がある。 僅かに生き残った人間たち、その中でも更に僅かな“神”たちは、世界各地に神だけで構成される組織を作り始めた。 オリンポス、アスガルド、 エジプトの神官たちや、ドルイド、バラモン等、神と呼ばれるほどではない特権階級を構成することになった地域もある。 徒党を組まずに、自分の持てる知識を、文明を忘れてしまった人々に伝えようとして、各地に伝説を残した者たちもいた。 プロメテウス、イツアムナ、ケツァルコアトル、オアンネス、カドモス等の啓蒙者たちがそれである。 そんな試行錯誤を繰り返した“神”たちは、しかし、やがて、自分たちが“神”でいるために知識の占有を計り始め、人間たちとの安易な交流を避けるようになった。 “神”で構成された幾つかの組織間の交流も、やがて敵対関係に変わり、彼等は──神と呼ばれる科学力を持った者たちは──この星で自分たちだけが絶対の存在であることを求め、互いに滅ぼしあった。 今では、この星に、 争いが、“仲間”を減らすことにしか役立たないことを悟ったオリンポスとエリシオンは、数百年前から一応の友好関係を保っていた。 神同士の勢力争いが一段落した今も、“神”の数は減り続けていたが。 “神”の純血を守るための近親婚を繰り返すうちに、オリンポスとエリシオンでは、構成員の個体としての力、種としての力が失われ始めたのである。 オリンポスでは、最近は、血の濁りを薄めるために、特に優れた人間を神の一員として招き入れる試みも行なっているようだったが、すべては遅きに失した感があった。 やがて、“神”は、地上から消滅するだろう。 もはや、大異変以前の文明を取り戻すことは叶わず、神が滅んでしまった後、人間たちは、もう一度、文明を築くための歴史をやり直すことになるのだ。 瞬は、エリシオンの神の最後のひとりだった。 エリシオンという聖域を、自分で終わらせるつもりだった。 生き延びようという意欲は既に失われていた。 一族の再興も、もはや考えていない。 何よりも瞬は、今、自分の唯一の友である“孤独”の一刻も早い消滅を、心から望んでいた。 最近の瞬は、自分の死の前に、人間たちに伝えるべき知識と抹消すべき知識の選別に時を費やしていた。 合金の製法の例もある。 人間たちは、神から与えられた知識をどう発展させてしまうかわからない。 僅かでも危険の可能性を含む力を与えると、好戦的な彼等は、他国の侵略を始めるだけなのだ。 エリシオンには、この星を一瞬にして滅ぼし去る兵器も存在していた。 瞬は、慎重に──細心の注意を払って、自らの死の準備を続けていたのである。 |