それは、瞬には初めて聞かされる事実だった。
オリンポスが人間たちを攻撃し始めたと、彼は瞬に告げたのだ。

エリシオンがこの星の軌道に乗せている人工衛星からの映像は、人間同士の争いの様子を瞬に見せることはあっても、オリンポスの侵略の様など一度も映し出したことはなかった。
オリンポスは、巧妙に、その事実を瞬の目から隠していたものらしい。
下界に下りることのない瞬に対して隠蔽工作を行なうことは、容易なことではあったろう。

「オリンポスが──人間たちを攻撃し始めたというんですか」

科学力はあっても、自分たちの生物としての力や人種としての力が失われつつあることに、オリンポスの神々が焦慮と危機感を覚えていることは、瞬も知っていた。
そんな神々とは対象的に、生気と活力に満ち、人口を増やしている人間たちを、彼等が脅威と感じる気持ちもわからないではない。
人間たちを見下みくだしている彼等にすれば、人間たちの営みは、白蟻が神の足許で、神の住まいの土台を崩しかねない勢いで数と力を増やしているようなものなのだろう。

だが。
瞬は、オリンポスの神々を幾人か知っていた。
退廃的で、驕り高ぶり、あまり好きになれない者たちがほとんどだったが、しかし、だからこそ、彼等の中には、人間界の直接支配を目論むほどの覇気を持つ者はいないように思われた。
もしそんなことになっても、オリンポスの神々の中では例外的に人間たちに好意的なアテナが、仲間たちを押しとどめてくれるはずだった──のだが。

「僕に──どうしろというの」
「オリンポスを滅ぼしてほしい。エリシオンは、オリンポスに伍する力を持つ、唯一の聖域だろう。でなければ、奴等に対抗できる強力な武器を、俺たちに与えてほしい。奴等は、一度に数十人を殺せるような不思議な火を吹く武器で、俺の民たちの命を次々に奪っている」

「まさか……」
オリンポスの者たちは、せいぜい剣や弓矢程度の武器しか持たない人間たちを攻撃するのに、重機関銃か焼夷弾、あるいはそれ以上の火器を持ち出したものらしかった。

「このままでは、俺の国は滅ぶ。俺の剣でもどうにもならない。だから、ここに来た」

その若さに似合わず、人間界では、多くの者たちを統べる立場にあるのだろう。
力と知恵があれば、他人を支配することができ、その二つを持たない者は誰かの支配下に降る。
それが、この山の外での常識でありルールなのだ。

彼には、神への畏怖もないようだった。
神である(ことになっている)瞬に、こうべを垂れることさえしない。
“神”に自国を滅ぼされかけているのだから、それは当然のことなのかもしれなかったけれども。






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