「戦いのための技術は教えられません」 瞬はきっぱりと、彼の申し出を拒絶した。 「こちらには、山を下りるだけの体力が戻るまで、いつまででも滞在してくださっても構いません。けれど、オリンポスに対抗するための武器を与えるようなことは、僕は絶対に──」 『できない』と言おうとした“神”の言葉を、“人間”が遮る。 「おまえは……! おまえは、俺たちが滅びても構わないと考えているのか !? この山の周囲に散在している国々は、オリンポスではなくエリシオンの神々を、自分たちの神として崇めている。いわば、おまえは、オリンポスに自分の領地を侵され搾取されているようなものなんだぞ……!」 だからエリシオンの神は自分たちを救ってくれるに違いないと信じ期待して、同胞の命を背負い、彼はここまでやってきたのだろうか。 噛みつくような口調で、神の無情を責める人間の前で、瞬は俯いた。 「武器を与えれば……戦いが広がり激しくなるだけです」 「では、エリシオンは、俺たちに、オリンポスの侵略を甘んじて受け、従容として死の国に赴けと言うのか!」 「…………」 「そんなことはできない! オリンポスの奴等は、俺の母と友を殺した!」 ぎらぎらとした復讐心が、彼の青い瞳の中で燃えている。 こんな人間に、強力な武器を与えることなど、瞬には思いもよらないことだった。 「お気の毒だと思います。でも、僕が人間界に関与することは、かえってあなたがたのためにならないと思うんです」 「おまえは、本当にプルトンか。エリシオンの──我々の神なのか!」 苛立ったように、彼が瞬に問い質してくる。 「ここに暮らしているのは、僕ひとりだけです」 瞬は、事実を伝えることしかできなかった。 「プルトンが──俺たちを守護する神が、本当に、こんな子供だと──子供ひとりだというのか !? 」 「し……失望させてごめんなさい。あの、でも、オリンポスには僕から抗議を……あの……」 自分の決断は正しいと思うのに、自信を持って彼の瞳を見詰め返すことができない。 瞬は、瞼を伏せ、言葉を詰まらせた。 彼に、睨みつけられているのがわかった。 視線が、焼けつくように痛い。 「あの……あなたのお名前は……」 やっとの思いで、瞬は彼に尋ねた。 「氷河だ」 吐き出すような声音で、答えが返ってくる。 色々肩書きはあるのだろうが、彼はいちいちそんなものを瞬に告げてはこなかった。 自分に自信があるからなのだろうと、瞬は、この人間に羨望の念すら抱いた。 「僕のことは瞬と呼んでください」 「瞬? プルトンじゃないのか」 「それは僕の名前ではなくて、僕たち一族に与えられた呼び名です」 「一族? ひとりだと言ったばかりじゃないか」 「ひとりです」 瞬の言葉の意味を即座に理解したらしく、氷河は驚いたように目をみはった。 少し、彼の眼差しが優しげなものに変わった。 |