ハーデスが再びエリシオンにやって来たのは、その翌日だった。

いつもなら、案内されるまでもなく塔の中に入り込んでくる彼が、その日に限って、彼自身をここまで運んできたジェットヘリの側を離れようとしない。
ヘリにトラブルでも起きたのかと訝りながら、瞬は塔の庭におりていった。

「どうかなさったんですか」
と尋ね終える前に、瞬は、彼がその手に携帯用のスタンガンを潜ませていたことを、自身の身で知ることになった。

ハーデスの腕に崩れ落ちた瞬の耳に、黒衣の神の苛立たしげな声が届けられる。
「野蛮人に奪われるのは我慢ならなくてね。君も、このエリシオンの科学力と例の施設も」

「な……にを言ってるんです。氷河は、僕を神だと──自分と違うものだと思ってるんです。そんな、あなたが考えるような不敬を彼がすることは、あ……ありえません」
スタンガンの出力電圧は最小にセットされていたらしい。
瞬は、かろうじて、気を失わずに済んでいた。

「あれが神を見る目なものか。ずっとひとりで生きてきたせいで、何も知らないようだがね。君を見る奴の目は、獲物を狙う獣の目だ」
「知らないって、何を……」
「……まだ、君があの男のものになっていないようで安心した。そこまで見境のない肉食獣でもないらしい」

気を失ってしまった方が楽だということはわかっていた。
しかし、瞬はそうしてしまうことができなかった。
ここには氷河がいるのだ。
彼の身の安全を図らなければならない。
ともすれば薄れてしまいそうな意識の中で、瞬はそれだけを考えていた。

が、ハーデスの目的は、神に不敬を働いた人間を処分することではなかったらしい。
「とにかく、あの男と君をふたりきりにはしておけない。君をオリンポスに連れて行く」

「わ……悪ふざけはやめてください」
「悪ふざけ? 私はこれ以上ないくらい真剣だ」

手が動かせず、足に力が入らない。
瞬は、ハーデスの腕の中で、自分の名を呼ぶ氷河の声を聞いた。

その後、そこで何が起こったのかを、瞬は明瞭には憶えていない。
瞬が憶えているのは、ハーデスが何らかの火器を氷河に向けて発射したこと、肩を撃たれた氷河の手から離れた剣が石の床に響かせた音、そして、
「エリシオンの力を人間などに渡せるか」
──という、ハーデスの呟きだけだった。






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