オリンポスでの瞬の待遇は文句のつけようもないものだった。
衣食住にだけ関して言うなら、それはエリシオンのそれよりも上等のものだったかもしれない。
だが、自由のない贅沢に、人はどんな満足を得られるものだろう。
豪華な家具や調度に囲まれた美しい牢獄で、瞬は幾度も、そこから抜け出すことを考えた。

ヘリの離発着場がどこにあるのかは知っている。
だが、それを動かそうとすれば、すぐに警報装置が作動するに違いなかった。
となれば、自分の足でオリンポスの山を下りるしかないことになる。

しかし、このオリンポスは、瞬の住むエリシオンの山よりずっと険しい山々の連なりで、瞬が生きて麓に辿り着ける確率は、絶無ではないが、ほとんど無きに等しい。
まして、そこからエリシオンまでは更に数百キロ、氷河の国まで行こうと思ったら、更に北を目指さなければならないのだ。
その無謀に挑む勇気は、到底瞬に持ち得るものではなかった。


半月の間、瞬はオリンポスの神殿の一室で無為に悩み続けた。
オリンポスの者たちにエリシオンが侵されているのではないかということより、氷河が無事でいるのか、彼は本当に生きているのか、それだけが気掛かりだった。

氷河なら、躊躇せずに自分の足で歩き出すのだろう。
その強さも決断力も勇気もない自分の、いったいどこが“神”なのかと、瞬は無力感を募らせるばかりだった。

氷河を見付けたというアテナからの報告は、いつまで経っても、瞬にもたらされなかった。
氷河は、自分の国にも帰り着いていないらしい。

絶望や孤独との付き合い方は、十二分に心得ているつもりだったのに、逃避を繰り返す経験の積み重ねは、今の瞬には何の力にもなってくれなかった。






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