「瞬っ! 大丈夫っ !?」

氷河の手を取るべきか否かを瞬が迷っている時だった。
瞬が軟禁されていた部屋に、アテナが飛び込んできた。
彼女が身にまとっているぺプロスはあちこちが破れ、そして、焼け焦げていた。

突然目の前に現れた“敵”に反応して身体の緊張を取り戻した氷河が、長剣を握り直すのを見て、瞬は慌ててその場に立ち上がった。
「氷河、だめっ! もうこれ以上、を殺すのはやめて!」

「ああ、この人が瞬の氷河なの」
取り乱していたアテナの声が、そこに、神の聖域を侵した人間の姿を見い出して、不思議に落ち着いたものに変わる。
瞬には、混乱の元凶を見極めることのできたアテナが、それで安心したように見えた。

「瞬、急いでここを出て。彼は、オリンポスのあちこちに火を放ったの。ここも危険だわ」
氷河を、そして、オリンポスの奥宮にまで彼を引き入れた瞬を責める色もなく、アテナは瞬にそう告げた。
「この神殿が崩れ落ちることはないでしょうけど、動力炉の制御装置が高温に耐えかねて爆発するかもしれないわ。末端の装置はもう、何箇所か爆発し始めている」

「まさか……。冷却装置は稼働していないんですか……!」
そんなことは基本中の基本ではないかというような瞬の口調に、アテナは疲れたように左右に首を振った。

「オリンポスの動力炉と周辺機器は老朽化が進んでいて、もう限界に来ていたの。障害箇所を修復できる者もいなくて──馬鹿げているでしょう。動力炉の仕組みを知っていた者は、オリンポス内での自分の地位を確保するために、その技術を独り占めして、後継者を育てようとしなかった。彼が死んだ後には、それはもう狂うに任せるしかなくて……。オリンポスの神々があなたの持っている知識に執着したのは、そのせいよ。私たちには、新しいエネルギー源が必要だった。でも、もう……」

「…………」
アテナの言うことが事実なら、この神の聖域は、もうずっと以前から癒し難い病に侵食されていたことになる。
美しい花園だと思っていたオリンポスの実情を知らされて、瞬は、唖然とすることになった。

「でも、もう、それもおしまい。まさか、こんなところにまで人間が入り込んでくるなんて……。油断していたせいもあるでしょうけど、オリンポスの神々の半数以上が、彼の剣で命を落としたわ」

『その原始的な武器で』──とは、アテナは言葉にはしなかった。
それでも、彼女の視線は、既に崩壊しかけていたオリンポスにとどめを刺した氷河の剣に注がれていた。

「氷河は、僕のために──氷河のせいじゃないんです……!」
瞬が反射的に、氷河を庇って、彼の前にまわる。
アテナが持っているかもしれない原始的でない武器を、瞬は怖れたのだ。

が、彼女は、瞬が危惧した行為──同胞の復讐──には及ぼうとしなかった。
「──瞬の知らないところで、オリンポスの神々は、人間たちにもっとひどいことをしてきたの。そして、私は、滅びの予感に犯されて狂っていく仲間たちを止めることができなかった。彼を責めようとは思わないわ。彼の行く手を遮らなかった者たちは殺されなかったし、女性や子供たちも無事。騎士道というのかしら? 人間は面白いことを考えるわね」

オリンポスの神々の中には、そんなことを考える者はいなかったのだろう。
剣や弓ではなく大量破壊兵器を持つ者がそんなことを考えていては、戦うことができない。
神には、合理性を重視した無差別殺戮しかできないのだ。






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