その向こうで不思議な現象の起きている扉を、当惑して見詰めている瞬の視線を自分に向けようとした氷河の手が、瞬の頬に伸びてくる。 外の騒ぎと静寂とを綺麗に無視して、氷河は瞬に尋ねてきた。 「オリンポスの神々は、ただの人間だった。俺よりもずっと脆弱でもろいものだった。おまえも──おまえは人間なんだな。俺と同じ」 そうすることしかできなくて、瞬は、氷河に、ただ頷いた。 「そうか」 瞬の答えを確認した氷河が、安堵したような目をして、瞬を抱きしめる。 今、瞬を抱きしめている腕は、多くの神々の命を奪った腕だというのに、それはわかっていたのに、瞬は、彼の腕を振り払うことができなかった。 そうできるだけの力が自分にあると思えなかったせいもあるが、それよりも、氷河にそうされることが、瞬にはひどく当然のことのような気がしたのである。 何よりも、それは、温かく心地良かった。 「こうするために──おまえを取り戻すために、オリンポスに行った。あそこを破壊したのは、ただの余興だ」 余興で、神々の住む聖域を破壊してのけたと言い切る氷河に、瞬は瞳を見開いた。 「おまえを奪われて、気が狂いそうだった。他の者には渡さない」 「氷河……」 氷河の腕の中にいるのは、心地良かった。 だが、同時に、それはとても危険なことのような気がした。 氷河が危険だということはわかっていた。 欲しいものを手に入れるためになら、どんなことでもしてしまう“人間”。 それが危険でなくて何だというのだろう。 だが、今の瞬は、その危険にどうしようもなく惹きつけられていた。 瞬自身にも、自分を止めることができなかった。 身に着けていたものをすべて剥ぎとられ、氷河の身体の下に引き込まれる。 抵抗したいという気持ちもあったが、それを望む氷河には逆らえないと思う気持ちの方が強かった。 むしろ、彼の力を全身で感じてみたいと、瞬の心と身体は切望していた。 その力に触れたら、自分も少しは強くなれるのだろうか。 氷河のように、あるいは、神としてではなく人間として生きていくと断言したあの女神のように。 もしそうなのであれば、瞬は、その力が欲しかった。 |