触れ合う肌の熱が、自分のものなのか、氷河のものなのかが、瞬にはわからなかった。

氷河の肌は、風らしい風にも当たったことのない瞬の滑らかなそれとは全く違っていた。
獣の皮をなめしたような氷河の肌は荒々しく、そして、野生の匂いがした。

神ばかりでなく、多くの人間の命をも奪ったのであろう氷河の手が、瞬の身体のそこここに触れる。

「ああ……」
触れられるたび、瞬は、その場所に、剣の切っ先で傷付けられたような痛みを覚えた。
その感覚が、徐々に瞬の正気を奪っていく。

いっそ、氷河に、全身を切り刻まれてしまいたいとさえ、瞬は思った。
そうして、その果てに死んでしまえたら、どれほどの歓喜を味わえることだろう。
人も神も、いつかは死んでしまうものなら、そういう死こそが、最も幸福な死であるに違いない。

「力を抜け」
「あ……?」
氷河の指に切り刻まれる快感に陶然としていた瞬の耳許に、ふいに氷河の囁くような声が聞こえてくる。
瞬の身体は、氷河の前に、すっかりさらけだされていた。

「瞬、俺はおまえの中に入りたいから、身体から力を抜け。でないと──」
氷河が何をしようとしているのかは、瞬にも薄々わかっていた。
氷河の猛っているものが、瞬にそれを教えてくれた。

だが、瞬は、氷河の言葉に従うことができなかった。
力を抜けと言われて、そうしようとすると、かえって身体が強張る──のだ。

自分自身の身体を扱いかねている瞬を見兼ねたのか、氷河が、瞬の腹部の下に手を押し当ててくる。
「ここだ。ここから力を抜け」
「あ……あ……?」

なぜそこなのかが、瞬にはわからなかった。
氷河が彼の目的を達するために刺激し続けていた場所は、そこではない。
困惑して、瞬は、左右に首を振った。

氷河が、小さな嘆息を漏らす。
「ったく、処女の相手など金輪際するものかと思ったが、それ以上に手のかかる……」
それは、氷河にしてみれば、大した意味のない、ただのぼやきだったのだろう。
だが、瞬は、氷河にひどく責められているな気がして、泣きたい気分になった。

瞬のその様子を見てとった氷河が、慌てて、まるで瞬の機嫌を取るように、瞬の瞼に口付けてくる。
「怒っているわけじゃない。力の抜き方がわからないんだろう? ここから力を──」

その唇を瞬の唇の上に移動させながら、瞬の腹部の窪みの下に手を当てていた氷河は、ふいにその動きを止めた。
「これがあるということは、母親の胎から生まれたということか。本当に……人間なんだな。──花から生まれたと言われても、信じるのに」

そう呟いた後、瞬の身体をまさぐる氷河の手は、少し優しくなった。
叱られているのではないらしいと思えるようになった瞬の身体にも、柔らかさが少し戻ってくる。

「爪先じゃなく、膝でもなく──」
「あ……ふ……」
「そう、ここだ、ここから力を」
「あ……」
「そう、上手だ、そのまま……」

やっと氷河の望む通りのことができたらしいと安堵して、息を吐き出した途端、瞬は、それまでの愛撫の痛みとは桁違いの激痛に身体を貫かれた。
「あああああ……っ!」

こんなことをされて、それでも身体から力を抜いていられる者がいるとしたら、それは死人だけだと、瞬は思った。
瞬の全身が緊張し、痛みを身体の外に押しやろうとして収縮する。
だが、その時にはもう、氷河はもう瞬の奥深くに入り込んだ後だった。

「あ…っ……あ……ああっ!」
こんなふうに乱暴に、人間たちは生きていることを確かめ合うのかと、遠くに消え去ろうとする意識を引き止めようと努めながら、瞬は思うともなく思った。 

オリンポスで神々たちが戯れているのを、偶然見てしまったことがある。
彼等のそれは、まるで蝶がふわふわと戯れて遊んでいるように見えた。
だのに、氷河のそれは、神々のそれとはまるで違っていた。
瞬の身体を引き裂くことが目的のように、彼は、容赦なく瞬の身体を貫いてくる。

氷河の声は、もう聞き取れなかった。
何か、瞬の身体を気遣うようなことを、彼は言っているらしい。
言葉とは裏腹に、瞬の身体の中を傷付ける行為を幾度も幾度も繰り返しながら。

それでも、瞬は、氷河を責めようと思わなかった。
その痛みが、人が生きて交わることの証なのなら、それを味わい尽くしてみたいと、瞬は思った。






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