VI






氷河は、彼が手に入れたものを元の場所に返さなかった。
手に入れた者の当然の権利とでも言うかのように、彼は毎晩それを堪能し続けた。

そして、瞬も、エリシオンへの帰還を氷河に求めるようなことを、自分から言い出すことはしなかった。
瞬が怖れたのは、そうすることで所有者の権利を侵害された氷河が激怒するかもしれないということではなく、神の山への帰還をあっさりと氷河に許されてしまうことの方だったろう。

氷河の城に住む彼の仲間たち──“人間”の仲間たち──は、血の気が多く、無遠慮なところもあるにはあったが、決して残虐でも粗暴でもなかった。
むしろ、彼等は、瞬を戸惑わせるほど人懐こく、屈託がなく、突然自分たちの目の前に現れた異質な闖入者を、疑う様子もなく受け入れてみせた。
彼等は鷹揚で朴訥で、一言で言い表すなら、“気のいい”男たちだった。

氷河は、瞬を、仲間たちに、
「俺たちの神様だ」
と紹介した。
「ということは、この城でいちばん偉いお方ということになるな」
氷河にそう確認を入れてきた仲間に、
「当然だ」
氷河は真顔で頷き、自分たちの頭目のその返答を聞いた途端に、彼等は、瞬の前でどっと笑い崩れた。

つまり、彼等にとって、瞬はその程度の──笑い話の種にされる程度の──ものでしかなかったのである。
彼等は瞬に敬意を払い、礼節を守ってくれたが、それは、神である瞬に向けられたものではなく、氷河の瞬への執着ぶりを見てとった彼等が、瞬を通して氷河に向けている敬意に他ならなかった。


それでも──。
何事もスイッチひとつで処理される生活に慣れていた瞬には、人間界での暮らしに不便を覚えることがないでもなかったが、氷河と彼の仲間たちに囲まれて過ごす日々は、瞬にその不便さすらも楽しいと感じさせてくれるものだった。






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