百年待っていて下さい。
百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから。




夜のとばりの中で無言の眠りについている瞬の青白い瞼を見て、氷河は、昔読んだことのある切ない物語を思い出した。
愛する女の墓の前で、百年を待ち続けた孤独な男の物語を。

氷河も、瞬を目覚めさせる方法を知っていた。
その唇に、ひとりを厭う人間の熱い息吹を吹き込むだけ。
そうすれば、瞬は目覚めてくれるはずだった。
だが、氷河はそうすることができずにいた。

この冷たい墓の中に瞬を閉じ込めたのは、氷河自身である。
目覚めてもなお、冷たいその場所を瞬が動こうとしなかったら。
温かい生者の眼差しを、瞬が自分に向けてくれなかったなら。

氷河は、そんな絶望に耐えられそうになかった。
だから、氷河は、瞬の寝顔を無言で見詰めていた。
いつまでも、墓のかたわらを動かずに、見詰めていた。



* 夏目漱石 『夢十夜(第一夜)』



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