桜の花の命は短い。
彼と出会ってから10日もすると、庭で最も遅く開花した桜の木の花が散り始めた。

白い花びらが、彼と俺の間に、雪のように降りしきる。
その白い雪の花の中に、彼が消え入ってしまうような錯覚を覚え、その夜、俺は初めて口を開いた。

「名は」
「瞬です」

「桜が散っても、また来てくれるか」
本当は、名前も素性もどうでもよかった。
俺が知りたいのは、それだけだったんだ。
これからもずっと、俺は彼の姿を見ていられるのかどうか。ただそれだけ。
瞬に会ってから、俺の頭の中では、父親のことなど、すっかり脇に追いやられてしまっていた。

「僕はもう……」
俺の問いかけに、瞬が口ごもる。

続く言葉を聞きたくなくて、瞬にそれを言わせないために、俺は庭におりた。
そして、今日初めて言葉を交わした少年の身体を抱きしめた。

細い身体は、生きている人間のそれのように温かい。
瞬は一瞬、俺の腕から逃れようとする仕草を見せたが、すぐに大人しくなった。

──俺は、この花のような幽霊に一目惚れでもしたというんだろうか。
そんな馬鹿げたことを、この俺がするはずがないと考えている俺の腕は、だが一層強く瞬の身体を抱きしめる。
あまり強く抱きしめすぎたのか、瞬は、俺の腕の中で、小さく喘ぐような声を漏らした。

桜の花でできた夢幻。
桜は雪の匂いがする。
その花の香りの中で、俺は瞬に口付けた。






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