電話や端末に届くメール・報告の類は無視できるが、実際にその足を使ってやってくる訪問客はそうはいかない。
瞬を俺の部屋に閉じ込めてから4日後、例の不動産屋が新しい借家人の様子を見に、この家を訪ねてきた。

無愛想に応対に出た俺に、彼はひどく不審げな目を向けてきた。
何かを探ろうとするような態度で、俺を見る。
「顔色がお悪いようですが」
「別に」
「まるで幽霊にでも取りつかれたような顔をしてます」
「…………」

幽霊に取りつかれるどころか、俺は幽霊を監禁し陵辱している。
その事実を知られることを怖れて──と言うよりも、瞬と過ごす時間を邪魔されることに不快を覚えて──俺は、早々に彼を追い返した。

幽霊を監禁している──というのは、だが、俺の勝手な思い込みなのかもしれなかった。
実際に幽霊に囚われているのは俺の方なのかもしれない──と、俺は考えないでもなかった。
だが、こんなにも優しく温かく切なげに俺を受けとめてくれる幽霊になら、取り殺されても本望だと、俺は本気で思っていた。

俺はただ、誰にも邪魔をされたくなかったんだ。
美しくて儚げな──それでいて扇情的で官能的な──妖美な生き物を愛する夢幻の時間を、他の誰にも。

俺は不粋な邪魔者を追い払うと、急いで寝室に戻った。
あんなもの・・の応対に時間を割いている間に、瞬の姿がかき消えてしまってはいないかと、それだけが心配だった。
幸い、瞬の姿はまだそこにあった。

安堵の息を漏らし、瞬をもう一度抱こうとして、俺は彼の白い胸に指を這わせた。
その時初めて、俺は瞬の身体の異常に気付いたんだ。

ベッドの上でぐったりとしている瞬は、桜の花びらどころか、雪よりも白い頬をして、苦しそうな息を漏らしていた。
喘いでいるのに、その呼吸はひどく力無く間歇的で、俺は、母の死を看取った時のことを思い出した。

「瞬 !? 」
名を呼んでも、瞬は答えてくれない。
その目を、うっすらとも開いてくれなかった。

幽霊が死ぬ──などということがあるだろうか?
死ぬなら、それは自分の方だと、俺は思っていた。

「瞬! 瞬っ !? 」
思いがけない事態に取り乱し、俺は瞬の名を繰り返し叫んだ。

まだこの屋敷の庭を出ていなかった不動産屋が、その声を聞きとめたのだろう。
俺が借りるまでは彼が管理を任されていた家に、現在の主人の許しを得ずにあがり込んできた不動産屋は、俺と瞬の様子を見て、顔を蒼白にした。
「若様! 何てことを!」

彼は、そして、幽霊のために救急車を呼んだ。






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