「担当医から、若様のお身体には性的暴行の跡が見られると報告を受けている。未成年者略取、監禁、暴行。しかも、食べ物もろくに与えていなかったとなると、殺人未遂・傷害罪に問われる可能性もある」
市の総合病院の院長室で俺にそう言ったのは、この市の警察署長という肩書きを持った壮年の男だった。

学校が春休みに入っていたせいで、瞬の通う学校の教職員や級友たちが、瞬の姿が見えないことを不審に思うことがなく、この事態に気付くのが遅れた──と、彼は、俺の前で無念そうに呻いた。

瞬は俺の隙をみて、自宅の使用人に、自分は友人のところにいると電話で連絡を入れていたらしい。
両親は既に亡く、後見人も都内に住んでいるため、不自然な時刻に連絡を入れてくる瞬を問い詰めることのできる者が、瞬の家にはいなかった──とも、彼は言った。

瞬は、あの花に埋もれた屋敷の法的な所有者、だった。
屋敷の借り手である俺の名を知っているのも当然のこと、瞬は俺の──つまりは、大家だったわけだ。

「瞬は──幽霊じゃないのか? 生きているのか?」
半ば呆然として尋ねた俺を、
「幽霊に暴行を加えても罪にはならないなどと、馬鹿げた言い逃れをするつもりか! いい歳をした大人が!」
警察署長が再度怒鳴りつけてくる。

だが、それでも俺は、あんなに凄艶な生身の人間がいるという事実を信じることができなかった。
そして、だから俺は、幽霊に食べ物を与えることなど考えもしなかった──んだ。


「瞬様は、城戸家の現当主です。あなたの住んでいる家の持ち主だ。亡き母君と暮らしていた家を懐かしんでご訪問されたのでしょうが、それがまさか、こんな災難に巻き込まれるとは──」
瞬をこの病院に運び、警察署長を呼びつけた不動産屋が、複雑な表情をして俺に説明する。
俺のような不埒者にあの家を仲介したことを、彼は悔やんでいるようだった。

「城戸家と言えば、この辺りで知らない者はないというくらいの名家。6年前にこの市立病院を建てる際には、若様の母君が、この土地をすべて市に寄付してくださった。いわば、我が市の恩人でもある。それを──」
俺への糾弾に、白衣を着た病院長までが加わる。

瞬が幽霊ではないということは、俺以外の人間には厳然たる事実であるらしい。

それが事実なのだとして──瞬が幽霊ではなく、生きた生身の人間なのだとして。
自分の意思を持った生きている人間が、ほとんど言葉を交わしたこともない男に、抵抗らしい抵抗もせずに身を任せ、食事を与えられないことに不平も洩らさず、数日間に渡って、求められるまま身体を開いていた──というのか?

俺は、桜の花の幽玄の中で瞬とふたりきりで過ごしていた時よりも、今の自分こそが、不可解な世界に迷い込んでいるような気がしてならなかった。






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