「違うのっ!」

嫌になるほど現実世界だけに生きているらしい3人の男たちに責められて、俺が混乱していた時だった。
丈の短い白い襦袢を身に着けた瞬が、院長室という名の取り調べ室に飛び込んできたのは。

「違うの、違うんです。氷河は悪くない。氷河に貸した家に僕が勝手に忍び込んだんです。悪いのは僕の方。氷河に見つかって、弁解のしようがなくて、だから幽霊の振りをしたの……!」

当の被害者が、必死の形相で、加害者を弁護しだしたのに、その場にいた3人の尋問官たちが困惑した顔になる。

「若様……。悪くないも何も、そんなことをマトモな人間が信じるわけがありません。信じる方がどうかしている」
まったくだ。
俺は、警察署長の見解に心底から同感し、内心で頷いた。

「若様は実際に、この男に……その……暴行を受けて、お倒れになったんですぞ!」
言いにくそうに口ごもりながら そう言って、金色の朝日影の記章を制服の胸につけた男は大きく息を吐いた。
「ともかく、これはれっきとした犯罪です。私には、彼を捕える義務がある」

気を取り直してきっぱりと断言した署長に、瞬は切なそうな目を向けた。
それだけで、警察署長が当惑したように瞬きを繰り返す。
花の精の魔力は、“マトモな人間”にも絶大な影響力を持っているらしい。
自分の力を自覚しているのかいないのか、瞬はその力を更に強めた。
そして、言った。

「署長さん、氷河は秋元家の殿様じゃないの。氷河は──氷河は、僕の図書ずしょ様なんです」
その場で最も瞬のその言葉に驚いてしかるべき俺よりもずっと早く、3人の審問官たちは、瞬の訴えの意味を理解したらしい。
「そ……それは……その……」

しどろもどろになった3人の男たちに、瞬は重ねて言った。
「内密に願います。知ってる人には口止めをしてください」
その優しい響きの声には、有無を言わせずに人を従えてしまう力があった。

「それは……若様の将来にも関わることですし、悪い噂が立たないようにはいたしますが」
瞬の端厳の前に大の大人たちが折れる様を、俺を唖然として眺めることになった。

「よろしくお願いします」
署長の返答を確認すると、瞬はまた優しい花の姿に戻って、彼等に丁寧にお辞儀をした。






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