「あの家は、僕が──幼い頃には両親と、5年前までは母と暮らしていた家なんです。母との思い出がたくさん詰まっている大切な家。でも、事情があって、僕はあの家に住めないことになって……だから、母の思い出を壊さないような──綺麗な人に住んでほしかったんです」
綺麗すぎる人間・・は、彼の人間としての事情を訥々とつとつと語りだした。
「あ、あの外見がというんじゃなくて、あの家を愛してくれて、花を愛してくれる、そういう──いい趣味を持った──ううん、優しい心を持った人に、です。僕はそれを確かめに行ったの」

「ところが、どうでもいいはずだった外見の方が綺麗で驚いたのか」
まだ完全に混乱から脱しきっていなかった俺は、自分を落ち着かせるために、無理な冗談を口にした。

「そうです」
その冗談に真顔で頷かれ、俺は少々毒気を抜かれることになったが。

「あっさり認められるとリアクションに困るんだが」
「花の精かと思った」
「それは俺のセリフだ」

本当に──俺はそう信じたんだ。
だから、俺は──いや、今更何も言っても言い訳になる。
自分が言おうとした言葉を、俺は喉の奥に押しやった。

代わりに、瞬が口を開く。
「なのに……なのに氷河は、とても哀しい目をしていて、花を見ていても気持ちが安らいでいないように見えて、だから、一度でいいから氷河の笑顔を見たくて、花を見て笑って欲しくて、でもどうすればいいのかわからなくて、毎晩通って──」

「…………」
そんなことで、瞬は俺を、自分の“図書様”だと言い切れるような心情に至ったというのだろうか。

だとしたら、俺はやはり幽霊に取りつかれていたのかもしれない。
だが、それは、どこぞの家老の若君の幽霊ではなく、若君に愛された男の幽霊だ。

おそらく。
そして、ありがたいことに。






【next】