大義名分を得た氷河が、“瞬の身を案じて”したこと。 それは、翌日もまた、仲間たちに行き先を告げずに城戸邸を出た瞬のあとを、興信所の調査員よろしく、こっそりと尾行することだった。 季節は、春になりかけていた。 夕闇に覆われだした城戸邸の庭でも、気の早い桜が、蕾を薄桃色に染め始めている。 そんな早春の風情に目もくれずに城戸邸の門を出た瞬の足は、どうやら都心のホテルに向かっているようだった。 そして。 最近できたばかりの某都市型ホテルのロビーで瞬を待っていたのは、氷河の楽観的期待に反して──最悪の予想通りに──ひとりの男性だった。 氷河の予想外だったのは、瞬の待ち合わせの相手が、どう見ても70を過ぎた老人だったことだった。 とはいえ、氷河は、だからといって安心してしまうこともできなかったのだが。 彼は、その年代の日本人男性にしては背が高く、がっしりした体格の品のある老紳士だった。 仕立てのいい濃灰色のスーツを身にまとっている。 一見した限りでは70歳前後に見えるが、もしかしたら実際の年齢はもっと上かもしれない。 若い頃には、さぞかし女性にもてたことだろう。 日本人離れした目鼻立ち──と、氷河が評するのもおかしなことだが──と、品良く刻まれた皺が、端正な面立ちに貫禄を与えている。 ホテルの入り口に現れた瞬の姿を認めると、ゆっくりと立ち上がり、彼は、氷河が腹立たしくなるほどしっかりした足取りで瞬に歩み寄った。 ふたりは、このホテルの最上階にあるレストランで食事をする手筈になっているようだった。 |