「瞬が老け専だったとは驚きだな」

知覚過敏の症状を呈していた氷河の頭の上から、ふいに耳に馴染んだトーンの低い声が降ってくる。

「紫龍……星矢まで!」
氷河が顔をあげると、そこに立っていたのは、高級ホテルの静かなフロアには見事なまでにそぐわない雰囲気を持った某二人連れだった。

「貴様ら、瞬のあとをつけてきたのか!」
自分の行動を棚にあげて、氷河は星矢たちを咎めたのだが、そんなことにひるむような二人ではない。
「おまえじゃあるまいし、瞬のあとをつけるなんて、そんなことを俺たちがするわけないだろ。人聞きの悪いこと言うなよ。俺たちがつけてきたのは、瞬じゃなくて、おまえの方だぜ」

「…………」
そのふたつは同じことではないかと、一応、氷河は言おうとしたのである。
だが、悪気でいっぱいのはずなのに、その悪気がまるで感じられない星矢の能天気な顔を見ているうちに、氷河はそんなことをするのが馬鹿らしくなってきた。
馬の耳に念仏、犬に論語、兎に祭文、牛に経文。
ありとあらゆる諺を思い浮かべて、氷河は自分自身を落ち着かせた。

「ま、細かいことは気にすんなって。ところで、あれって、どう見てもデートだよな?」
星矢が、瞬たちにちらりと横目で視線を走らせてから、実に鷹揚な口調で核心を突いてくる。
氷河は、即座に反駁した。
「どこがだ! 孫とジジイほどにも歳が離れてるじゃないか!」

そう言い切った氷河の目には、しかし、瞬とその老紳士の姿は、孫と祖父のそれのようには映っていなかった。
瞬と一緒にいる紳士は、姿勢がよく、体格がよく、貫禄があって品もあった。
表情はあまり豊かなようには見えないが、だが、眼差しが優しそうで包容力を感じさせる。
だというのに、瞬に向けられているその眼差しは、決して孫を猫可愛がりしている“おじいちゃん”のものではない。

氷河にとって最も大きな問題は、何よりも、彼が枯れている・・・・・ように見えないことだった。
彼には色気というものがあった。

要するに、その老紳士は、氷河の目で見ても“いい男”だったのである。
外見重視の某国の受け狙い映画でも、昨今、これほどよい方向に歳を重ねた俳優にお目にかかることはできない。
その事実が、氷河の神経を逆撫でしていた。


「ま、そんな興奮すんなって」
星矢が、怒り心頭の氷河をなだめるように、ウーロン茶のペットボトルを氷河に差し出してくる。

廊下と一枚の壁に隔てられた空間の向こうで、瞬は、いかにもいかにもな紳士と高級おフランス料理。
氷河の手には、自販機で購入してきたと思われるウーロン茶のペットボトル。
随分な差ではあった。






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