瞬たちがレストランを出てきたのは、彼等が氷河を2時間近く苛立たせ続けたその後だった。
瞬は、仲間たちに見せるような屈託のない笑顔こそ浮かべてはいなかったが、二人の間にある空気は和やかで、彼等は互いに親しみを含んだ眼差しを交し合っている。

氷河は無論、掛けていたソファから立ち上がり、すぐに二人のあとを追った。
星矢と紫龍が、そんな氷河のあとを追う。
傍から見れば、孫と祖父に見えない二人連れよりも、氷河たちの方が余程珍妙な一行だった。

レストランを出た二人は、その足で、ホテルの中にあった貴金属店に入っていった。

ショーケースの中をひと渡り見回した老紳士は、その中から、真珠とダイヤで百合の花の形を 象ったブローチを選び、購入した。
そして、それを瞬に手渡す。

「今度会う時につけてきてくれないか」
「でも、あの……」
「それだけで随分印象が違うと思うのだが」
「……はい」

最初は遠慮しているようだった瞬が、結局はそれを受け取る。
老紳士は、彼からのプレゼントを受け取った瞬に静かな微笑を見せ、その微笑がいやらしくない・・・・・・・ことが、またしても氷河の神経を逆撫でした。

「あのジジイ、何か勘違いしてるんじゃないか。瞬があんなブローチをつけたら、それだけで女の子に見えちまうだろーが!」
店内に装飾のためにわざとらしくそびえ立っているイオニア式の太い柱の陰で、氷河が低い声で毒づく。
当然、彼の後ろには、瞬ではなく氷河をつけてきた二人連れの姿があった。

「おい、氷河、言っていいか」
「俺の気に障るようなことでないならな」
「俺の3.5の視力で確認したところによると、あのブローチの値段、85万だった」
「消費税込みで、89万2500円。ケース代をプラスして90万というところか。いいパトロンだな」
紫龍の有難迷惑な補足説明が、氷河をますます苛立たせる。

「きっさま〜っっ !! 」
それでも瞬たちに気取られぬように極力抑えた声で怒声を洩らし、氷河は紫龍の襟首を掴みあげた。

「──お客様」
そこで取っ組み合いの喧嘩を始める前に、残念ながら氷河たちは、引きつった笑みを浮かべる店員によって店から追い出されることになってしまったのである。
瞬たちに気付かれなかったのが不幸中の幸いではあった。






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